第31話「一発の龍魔弾」

「邪神は一体じゃなかったんですか!?」


 アリアの悲鳴が艦橋に木霊する。しかしミラの心配事は別にある。気になるのだ。何故この龍が一柱だけ天に帰らなかったのか。


「いえ、問題はこれからよ! カイ! 動力炉を見てきて! 今なら扉が開くはずよ!」


 ミラの指示を受けたカイは、艦橋を飛び出した。残された四人にミラが指示を与える。


「ジュウロウ。火器管制を。私は操舵するわ。アリアはお母さまとこの椅子に座って介抱してあげなさい」


 黒いレバーを握ったままミラは、操舵装置の前の席にリディアを抱いたアリアを座らせるとその横に立つ。ジュウロウはミラの指示通りに火器管制装置の席についた。


「アリア。ジュウロウ。ここから荒っぽくなるわ。覚悟して」

「アリアは頑張りますけど、ミラ様……あの邪神たち、なんであんなのに。一体だけじゃないなんて」

「複数体持っていると思ったわ。呆気なく殺された邪神を見てね。いくら邪神とは言え、人類個人個人の戦闘能力は二千年前よりもはるかに増大しているわ。あのぐらいの強さなら私やカイと互角の蒼脈師で構成された一個小隊クラスを放り込めば対応できる。単体の戦闘能力が蒼脈師十数人分なら一匹では到底決戦兵器とは呼べない。数百体かそれ以上の数を揃えて初めて兵器として意味があるわ。最も戦力の逐次投入は無能の証明……それに」


 山脈にぶちまけられた臓物たちが蠢き、寄り集まっている。解体されても尚生命を失っていない。再び元の邪神の姿へ戻ろうとしている。


「やっぱり単なる物理攻撃じゃダメね。高出力の蒼脈か龍脈で細胞を完全に破壊しないと殺しきれないわ」

「さてェ、どうすんだ主殿? いくらこいつが龍だと言ってもあの数はさすがに無理だぜェ?」


 個体の戦闘能力で圧倒していても、数では優位を取られている。だとしても戦うしかない。生き残るためには、眼前の敵を全て蹴散らす以外の選択肢はない。それが闘争。それが戦闘。


「だから私たちはこの化け物どもを駆逐する!」


 ミラの思いに突き動かされるように機械龍は両腕を振るい上げた。それを皮切りに、邪神たちの行進が大地を揺らす。迫りくる異形に爪を打ち下ろし、両断する。新鮮な肉へ群がる獣のように群れ成す邪神を尾の一撃が薙ぎ払う。砕かれた邪神の破片が山脈を覆い被さり、白い肉だまりを作った。並の生物であれば絶命必至の状態。けれど肉塊から生気は失われず、再び元の形を取り戻そうと寄り集まる。


「ジュウロウ早く撃って!」

「ジュウロウさん!」


 ミラとアリアに急かされながらジュウロウは火器管制装置のボタンを前に目を泳がせている。


「ちくしょお! おいら機械苦手なんでェ! ええい、ままよォ!」


 両手の人差し指で火器管制装置のボタンを次々に押すと、機械龍の火砲が一斉に発射され、集結しつつあった肉塊を蹴散らした。だが砲撃の連射速度を邪神の再生速度が上回り、肉塊は邪神の姿を取り戻しつつある。


「主殿、こいつァやばいですなァ。砲弾の無駄遣いだァ!」

「分かっているわ。だけど爪と尻尾だけじゃジリ貧よ!」


 再生を完了した一体の邪神が巨体を揺らして機械龍に飛び掛かってくる。右腕で迎え撃とうとした瞬間、再生を終えた別の邪神が機械龍に体当たりを仕掛けてきた。膨大な質量の衝突に、さすがの機械龍も姿勢を崩し、その隙を見計らっていたかのように空から迫る邪神の両腕が艦橋を打ち据えた。

 この世の終わりと錯覚されられるほどの振動が艦橋内を伝播し、ミラたちを竦ませる。さらに二頭の邪神が機械龍の尾を鷲掴みにして離さない。


「主殿! 振り払えェ!」

「出力が上がらないわ!」


 レバーを動かしても面舵取り舵どちらに回しても、機体が思うように稼働してくれない。そうしている間に一体、さらに一体と邪神が機械龍にしがみつき、ついには十一体全てが機械龍に取りついてしまう。


「姫様!」


 砲弾を一発抱えたカイが艦橋へ飛び込んだ。


「あんたの予想通りです! こいつの龍脈の生成炉には大分がたが来てます!」


 機械龍が龍である以上、稼働させるために必要なのは龍脈の力だ。その龍脈を生み出すための龍脈生成炉心の機能不全は、基礎的な機械工学知識しか持ちえないカイにも理解できてしまった。人間の心臓と瓜二つの形をした十メートル規模の動力炉と機体を繋ぐパイプの半分が破裂し、炉心本体も錆びついている。絶えず異音を吐き出し、凍えたように震える姿。この巨体を支えるだけの出力を発揮できている時点で奇跡のようなものだった。

 カイから告げられた真実にアリアの顔を絶望が支配する。ジュウロウも死を覚悟したのか苦笑を露わにした。だが、ミラはその事態を予測していた。


「この機械龍は、他の龍たちが天へ帰った時たった一柱だけ帰り損ねた者。つまり帰り損ねた原因がある。それが龍脈生成炉心の故障だったのね。本来の出力を発揮できない今の機械龍では十一体の邪神には歯が立たないわ。このままだと邪神たちに押し潰されてしまう。だけど駆逐する手段はある……」


 逆転の可能性はある。それはミラにとって敗北以上の屈辱となるが、たった一つだけ残されていた。そしてその可能性にカイも気付いているのが彼の眼差しから理解できる。


「あるさね。俺が思いつく限り一つだけ」


 たった一つ残された策。その実現のために必要不可欠なのは――。


「アリアの力を使えば、奴らを殺せるかもしれません」


 カイの提案に、ミラは歯噛みしアリアは呆然としている。ただ一人、ジュウロウだけが訝しそうに首を傾げた。


「嬢ちゃんの力ってぇとォ……嬢ちゃんの龍脈を使うってことかァ? 確かに嬢ちゃんの龍脈の破壊力は驚異的だがよォ。あの数を殺すにはさすがに……」

「ああ、足りないさね。だから増幅する。極限まで。必要な物は全部、旅の道中で集めてきたさね。集められるようなコースを通ってきた。あと必要なのは――」


 どたどたと足音を鳴らしながら数名の民が艦橋になだれ込んできた。


「カイさん! あんたの言う通りできたよ!」

「全部言う通りに成分を抽出したわ!」


 民の手には五色の薬液がそれぞれ入った五本の薬瓶が握られている。カイは薬瓶を受け取って笑みを零した。


「いいタイミングさね。ありがとう。あとは俺がやるさね。みんなは居城区に戻ってくれ」

「ああ。それじゃあミラ様! あなたは頼みましたよ!」

「私たちの思いを込めた偽物で奴らをやっつけてくださいね!」


 民たちが艦橋を出ていくのを待ってから、カイは手中の薬瓶の視線を落とした。


「この薬液は幻鈴花」


 白く透き通った薬液の入った瓶のコルクを外した。


「雷切草」


 続いて青く透き通った薬液の入った瓶のコルクを外す。


「ヒートナッツ」


 さらに赤色。


「メリエ草」


 そして水色。


「霧蜘蛛の巣」


 紫色の薬液が入った瓶のコルクを外した。


「これらを魔法で調合するのさね」


 カイは両手に流体状の魔力を生じさせると、薬液は吸い込まれるように薬瓶から零れ出し、カイの放った魔力の中に溶けていく。


「こうしてできた偽装龍魔弾の薬液を砲弾に詰め込んで上空の雪雲の中でぶっ放すのさね」

「雲の中って……おめぇなァ、そんなもんでどうするつもりだァ?」

「メリエ草は水分を集める性質があり、ヒートナッツは水分を含むと破裂する効果があるのさね。これが薬液を広範囲に散布するのに役立つ」


 薬液の溶け込んだ魔力が混ざり合い、蒼く輝く薬液の球体が形成されて、カイの両手の間をふわふわと浮かんでいる。


「雷切草はメリエ草の集めた水分を伝播して放電現象を広め、幻鈴花は電気を受けると幻影を生み出す作用を発揮するのさね。そしてこれらの効果を俺の魔力で一つにまとめ上げて偽装龍魔弾の魔法薬として完成させる。霧蜘蛛の糸は、蒼脈を増幅する効果があるからこの少量でも数十キロにわたる龍魔弾の爆発の幻影を見せることが可能さね。アリア来てくれ」


 アリアは、抱きかかえていたリディアを操舵装置の前に設置された椅子に座らせると、カイと向かい合った。


「スカイギアに搭載されている龍魔弾が経年劣化で使えないかもしれない事を俺と姫様は反逆の前から予想していた。その場合は、俺が作った薬液で龍魔弾の幻影を生み出し、龍魔弾を持っていると錯覚させようとしたのさね。だが今やこれじゃあ状況は打開できないさね。これを今なら偽装龍魔弾じゃなく、劣化龍魔弾とでも言える代物に調合しようってわけだ。そのためにアリアの龍脈が必要さね」

「アリアの龍脈が?」

「ああ、この魔法薬にお前の龍脈を流し込めば――」


 最悪の兵器が完成する。それは龍人を兵器として扱ったドラグヴァン帝国と同じ外道に落ちるということ。大切な人を兵器にしてしまうということ。


「私は……アリアを戦いには利用したくない……」


 龍人とは本来気高い存在。それを貶め、兵器として利用する浅ましさ。

 この十九年間の人生は、アリアにとって幸せだったのだろうか?

 ドラグヴァン帝国には兵器として扱われ、アザランド王国には外交の駒としてしか見られない。普通の女の子らしい幸せがアリアにはなかった。だからこそ兵器としてではなく、道具してでもない。たった一人の女の子としてアリアには生きて欲しかった。


「結局私は帝国やお父様と同じことをしようとしてるわ……いいえ、それ以下よ……」


 親友を兵器として利用する。アリアを道具や兵器と割り切るジャン国王やドラグヴァン帝国のそれより、ミラは自分の行いが酷く汚く思えた。


「大事な友達を……その力を兵器として利用するなんて……私は!」

「ミラ王女……」


 揺れるミラを包み込むのは、リディアの声だった。椅子にもたれ掛かり、気だるそうにしているが血色は悪くない。さすがに龍人の頑強さ。既にある程度回復してきているらしい。


「ミラ王女、娘にやらせてください。あたしの龍脈が使えればそれに越したことはない。今の状態でも少しなら龍脈を使えます。でも多分属性が合わないんじゃないかな? アリアの属性の龍脈じゃなければ彼のやろうとしていることは達成できない……違いますか?」

「母さんどういう意味?」

「よく聞きなさいアリア。龍脈と蒼脈の決定的な違いは、属性なの。蒼脈は、自由な属性を付与することができるけど龍脈は固有の属性を持っていてこれを変更することはできない。そしてアリアの龍脈属性は毒」

「……毒?」

「母さんの炎の龍脈を殺したのは、龍脈をも殺す毒だから。お前の毒は万物を殺す究極の毒」


 毒の龍脈。史上最凶とも呼ばれる殺傷性に特化した龍脈属性だ。そしてその最強の力こそカイ・アスカが必要としているものなのだ。


「アリア。お前さんの作る料理、手際は完ぺきなのにとんでもない味になるさね?」

「はい。ちゃんとレシピ通りに作っているのに……」

「あれはお前さんが未覚醒ながらも内に秘めていた龍脈が悪さをしていたのさね。お前の手で触れた食材や調理器具は毒の龍脈で微かに汚染される。人体に悪影響を及ぼすほどのもんでもないが、生命を既に失っている食材は抵抗力を持てずに劣化するし、人間の身体は毒物が体内に入ったことを察知して拒絶反応を起こす。それがお前さんの飯がまずい理由だ」

「アリアが料理を下手なのは……龍脈のせい」


 頷きながらカイは、両手の間を揺蕩う魔法薬の球体をアリアに差し出した。


「この偽装龍魔弾の魔法薬に、お前の毒の龍脈を一緒に仕込む。そうすれば数十キロの範囲に毒の龍脈がばらまかれる。いくら邪神と言えど、直撃すれば再生の間もなく腐る。けどな、今のお前じゃそれだけの広範囲を汚染するのは不可能さね。こいつで広範囲にお前の龍脈を撒き、さらに龍魔弾を使ったと王国と帝国に思い込ませる。姫様の計画じゃ幻鈴花を用いた爆発の幻影で龍魔弾を保有していると錯覚させるだけだった。領土に撃ち込むのはまずいが、空の上は領土じゃない。空に国境は存在しない。空は誰のものでもないからな。これを見ればまず間違いなく龍魔弾を使ったと錯覚する。だがこうなったら毒の龍脈を入れて本物の兵器に変える」

「アリアの龍脈を……でも蒼脈に龍脈を流しても大丈夫なんですか? アリアの龍脈はなんでも腐らせてしまうんですよね?」

「それについては問題ないさね。霧蜘蛛の糸を覚えてるだろ?」

「はい。確か蒼脈を増幅するって」

「霧蜘蛛の糸は熱や電気には弱いが、半面毒には強い。龍脈の毒にも耐えられる希少な性質を持ってる。それは毒の龍脈を秘めたアリアを最上の餌だと思ってミディア渓谷までわざわざ追ってきたことから見ても明らかだ。つまり霧蜘蛛の井戸も調合されたこの魔法薬ならアリアの龍脈に溶かされることなく、さらに龍脈を増幅させることも可能さね。霧蜘蛛の糸で極限まで龍脈を増幅させればいくら邪神と言えど――」

「殺せるんですね?」

「何より邪神が全滅した最大の要因が毒の龍脈さね。ミディア渓谷におまえを連れて行けば、龍脈の覚醒が促されるとも思っていたさね。ほんのわずかに覚醒した龍脈の影響で霧蜘蛛襲撃時、お前は普段と桁違いの身体能力を発揮したのさね」


 ジュウロウは、嬉々として両手を叩いた。


「なかなかの策略じゃねぇかァ。だがま、その策を実行するか決めるのはお前じゃねぇぞ若造ォ。主殿、君主はあんただァ。つまりあんたが首を縦に振らない限りは。イヤだと駄々をこねる限りは何もできねェ。あんたはそういう立場だァ。結局今話した全てがあんたの決断次第じゃ採用されねェ。ほら早くしねぇと押し潰されるぞ」


 分かっている。他に解決策はない。機械龍が万全ならば龍脈生成炉心の生み出す龍脈で龍魔弾を作ることもできたかもしれない。だが、今は別の選択肢は存在せず、取るべき道は二つだけ。

 アリアを兵器にして生き延びるか。アリアを兵器にしないで死ぬか。

 反逆した時、決意した。新しい国を作るためにはどんな非道にも手を染めると決めた。たとえ帝国と同じ外道に堕ちたとしても――。


「アリア、あなたの力を借りたいの。結局あなたを兵器として扱う。他国を抑止するためのこけおどしの手段にする。なんて浅ましいのかしら。結局お父様や帝国と同じことをしているわ。あなたを守ると言いながら兵器として扱っている。ごめんなさい。アリアを守ると口にしておいてあなたに頼るしかないなんて……」


 己の無力が罪深く思えてならない。なんて無能なのだ。これでは本当の能なし姫だ。悔恨に捉われたミラをアリアのぬくもりが包み込んだ。ミーシャを思い出させる手つきでミラの頭を撫でながらアリアは誇らしげな微笑を送った。


「ミラ様、アリアはあなたにお仕えする身。アリアの全てでご奉仕させてください。この身も心もすべてはあなたのために」


 アリアは、ミラの額にそっと唇で触れた。


「アリア……」

「アリアは嬉しいです。アリアの力を、ミラ様を守るために使えるのなら。だからアリアの力をミラ様のために使わせてください。ミラ様。ご指示を」


 アリアとカイ。この二人を得られただけでミラは、この世界に生まれてきた意味があった。この二人と一緒ならきっとどこまでも飛べるような気がする。

ミラは、力強く頷きながら声を張り上げた。


「アリア。カイと協力して毒の偽装龍魔弾を完成させなさい!」

「はい。ミラ様」


 ミラの指示を受けたアリアは、右手に毒の龍脈を迸らせ、その輝きをカイの両手の間を揺蕩う青い薬液に注ぎ込んだ。すると魔法薬は紫色の輝きへと変化する。


「よし。これで……アリア、砲弾の弾頭外してくれ」

「はい!」


 ねじ式になっている弾頭を外すと中が空洞になっている。カイは空洞へ薬液を流しているとアリアから弾頭を受け取り、砲弾に取り付けて密閉した。偽装龍魔弾の完成である。


「カイ。すぐに偽装龍魔弾を動力炉に装填してきて! 母上のおとぎ話がこれの動かし方を示しているのなら、あそこは龍の口腔に設置された砲塔へ直結しているはずだわ」

「了解!」


 ミラの指示を受けてカイは偽装龍魔弾を小脇に抱えて艦橋を走り去った。


「ジュウロウ。偽装龍魔弾は一発のみ。発射装置は、恐らく拳銃型のレバーよ。外さないで」

「機械の龍かァ。こんなでかい銃、使ったことがねぇやァ」

「操舵は私が!」


 ミラが渾身の力で舵を手前に引いた。機械龍が咆哮を上げて全回転翼が呻り、濁流のような龍脈を噴射。巨大な両腕と尻尾を同時に振るって、機体にしがみつく邪神たちを振り払った。


「急上昇する! 全員衝撃に備え!」


 飛翔する機械龍を邪神たちが見上げる。すると一体の背中から肉の裂ける音が鳴り響き、巨大な二対の翼が露出した。それを見ていた一体、さらにもう一体の背中から翼がにゅるりと飛び出し、山脈を震えさせながら羽ばたき、空を上っていく。


「やっぱり追ってきたわね」


 邪神たちは、機械龍の後方にぴったりついて追いかけてきている。機械龍の最高速度でも邪神との距離を引き離せない。ぐんぐんと高度計が回り、やがて機械龍が雪雲に突入する頃、艦橋にカイが戻ってきた。


「装填完了です!」

「ありがとうカイ! ジュウロウ射撃準備! 合図と同時に撃て!」


 ミラが舵を手前に引くと機械龍の巨体が弧を描いて翻り、下から追いかけていた十一体の邪神の背後を取った瞬間、機械龍の頭と飛翔する邪神が直線状で結ばれる。


「今よ!」


 ジュウロウが引き金を絞ると、機械龍の口腔から紫色の閃光が奔流となって放たれた。山脈に匹敵する邪神の群れを喰らい尽くした光の渦は、やがて極大の爆風と化して空を支配する。

 増幅された龍脈に晒された邪神の白い肌は、黒く変色し、液化してぼたりぼたりと崩れていく。周囲を覆い尽くしていた雪雲も茶色く迫りながら溶けていき、邪神の群れが消化する頃、クリヤルタ山脈を青空が見下ろしていた。

 そして空に残されたのは機械龍の一機のみ。


 ヴォオオオオオオオオオオ!


 澄み渡る蒼穹に龍の咆哮が木霊した。

 邪神と雲が腐り下りるさまを目の当たりにしたアリテスタは、焦燥をむき出しにしている。


「龍魔弾だ……姉上……龍魔弾を撃った」


 これまで悠然と構えていたルーシス公爵も、しかめっ面で機械龍を凝視している。


「スカイギアにはやはり龍魔弾があったようですな……その存在を確認させるための目撃者に我々はされたわけですな……しかも龍魔弾の中でも最悪の龍脈属性である毒……アリアのそれを龍魔弾に混ぜたようですな」


 滞空している機械龍の頭部が突如、アリテスタとルーシス公爵を見据えた。


『聞こえますかアリテスタ』


 上空から降り注いだ声に、アリテスタが忌々しげに舌を打った。


「こ、この超鼻につく声は姉上!」

『私のスカイギアには残りあと一発龍魔弾が搭載されています。その射手はかの有名な銃師ジュウロウ・クロガネ。アザランド王国・ドラグヴァン帝国共にその技量は知るところでしょう!』


 龍魔弾は残り一発。ミラの告白をアリテスタは鼻で笑った。


「姉上、超馬鹿なことを! 一発しか撃てないだと? 何でわざわざそんな宣言を――」


 一方のルーシス公爵は、震えていた。極限の恐怖に。上空の機械龍ではなく、ミラ・クーフィル・アザランドに。


「能なし姫……これほど似合わぬ二つ名もありませんな」

「ルーシス公爵? どうされたのです?」


 ルーシス公爵は、踵を返してアリテスタに背中を見せた。


「アリテスタ殿下。我がドラグヴァン帝国は、ここで退かせていただきますな」

「な、何故!? 姉の上は龍魔弾を一発しか撃てない! 邪神を失ったのは手痛いでしょうが、このまま王国と帝国で共同戦線を張り、あのスカイギアを討伐すればよいではないですか!?」

「アリテスタ殿。我々の負けなのですな」

「負け? 戦いはこれからです。今すぐ増援を招集し、超大国二つの同盟軍により――」

「スカイギアがあの位置に存在し、そして龍魔弾を使い、残り一発だとあえて宣言をした。その時点で我々の負けなのですな。この同盟関係が決裂したのですな。あなたがまだ分からぬようなら御父上に聞いてみられるといい」

「父上に?」

「彼も私と同じことを言うはずですからな」


 呆然とするアリテスタと彼の部下を残し、ルーシス公爵は一人山脈の尾根へと消えていった。

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