第27話「王の器」

 スカイギア第三艦橋の廊下で村人たちは項垂れていた。親類、友人、多くがロクの水球に潰されて犠牲となり、スカイギアに乗り込めたものの力尽きてなくなったものも十名以上いる。

 百人以上がいた村人は、半数を超える命が失われ、四十人ほどが残されるばかりであった。


「俺たちの村が……ようやく手に入れた居場所が」

「半分以上が殺された。ちくしょう」

「わ、私の子供が……なんでこんな目に」


 嘆きが悲哀を呼び、悲愴な空気がスカイギアの冷たい金属の床や天井を介して広がっていく。


「なんでこんなことに……」

「決まってるだろ。全部あいつらのせいだ!」


 生き残った村人たちの視線は、水密扉を開けて廊下に入ってきたミラとカイに注がれている。


「おいあんたら! 何か言うことがあるんじゃないか?」

「あんたたちが来て一日で怪物が来るし、あんな化け物まで」

「全部お前たちのせいだ! お前たちが来たせいで……みんなが」

「どうしてくれる! あいつらはあんたを狙ってきたんだろう!」

「私の息子を返して! なんであの村に来たのよ! お前たちのせいでなくしたモノを全部返せ!」


 人間が抱けるあらゆる負の感情が濃縮され、ダガーのように突き付けられている。


 ――全部私のせいだわ。


 ここで逃げてはいけない。だって彼等の怒りは正当だ。ミラが来なければ村人たちは死なずに済んだ。子を失わずに済んだ。友を失わずに済んだ。

 償いができるとすれば、それはミラが真に彼等の王となり、守り導くことだけ。どれほど罵声を浴びようとも、どれほど嫌悪されようとも、彼等の未来を保証し、生きていくための基盤を作ること。


「これは私の責任よ。私の判断の甘さが招いた結果……ごめんなさい。私はみんなが思っている通りの、能なし姫よ。できることはあまりに少ないわ」


 ――四十人程度守れなくて何が王か。彼等に王と認められずに、何が新しい国か。


「ここにいるみんなを死なせない。今度こそ守ってみせる。この拳とスカイギアで」

「守れてねぇだろ!」

「ふざけるな!」

「この野郎……俺が蒼脈を使えたらぶっ殺してやるのに!」


 ――守れるだけの確信はある。このスカイギアならそれができる。


「守れる確信はあるわ。このスカイギアには龍魔弾とその発射機構が搭載されているの!」


 ミラの言葉。龍魔弾の一言が空気を変えた。村人たちの気配に僅かながら安堵と希望が滲む。


「龍魔弾!」

「た、たしか悪夢の兵器……大国の抑止力!」

「そんな物がここにあるのかよ……」

「じゃあ王国や帝国は迂闊に手を出せないのね……ここは安全なのね……」


 ここは誠意を見せる好機だ。こちらに不都合な情報であろうと、あえて真実を伝える。


「だけど龍魔弾は経年劣化していて撃てないわ。そこであなたたちの力を借りたいの」

「私たちに? どうしろっていうのよ!」

「このカイ・アスカの指示の通りに薬液を調合してもらいたいの! 龍魔弾はないけれど発射機構は健在よ。そこで私たちは偽装龍魔弾を使って大国を騙す」

「騙すって……」

「そんなのうまくいくはずが!?」

「うまくいくわ! あなたたちを信じている! 私にはあなたたちに信じてもらう資格はないわ。だけど私はあなたたちを信じているの!」


 王として民を守るのがミラの義務。拳だけでは手の届く範囲しか守れない。義務を果たすためにもスカイギアを、抑止力を完成させるのが今のミラに課せられた使命だ。


「これ以上……これ以上! 王国と帝国に好き勝手はさせないわ! 彼等にあなたたちを二度と傷つけさせない! だからお願い! 私に力を貸して!」


 ミラの咆哮に村人たちは怯み、息を呑んだ。

 為政者として民を従わせる方法は亡き母と父の姿で学んでいる。どうすれば民衆の心に火を灯せるのか。どうすれば大衆を扇動できるか。

 しかしようやく気付かされた。理屈だけで分かったつもりになっていたことに。

 王の立場になって民と言葉を交わし、ようやく理解する。亡き母の重圧を。父の職責を。王という概念を。


「昨日も言ったように、もしもついてこられないというのなら、安全な場所であなた方をスカイギアから降ろします。来る者は拒まないし、去る者も追わない。あなた方の意思にお任せします」


 沈黙がスカイギアに垂れ込める。

 ミラは、それ以上何も言わずに待った。言えるだけのことは言った。伝えるべきことも伝えた。ここから先どう判断するか、村人たちに委ねられた。

 互いに顔を見合わせ、けれど誰も声を発しない。静寂のまま時が過ぎていく。


「あ、あたしはついていきます……」


 一人の若い女が声を上げた。幼い男の子の亡骸を抱きしめて廊下に座り込んでいる。


「おい、お前!」


 彼女の夫であろう。隣にいる若い男が目を剥いた。


「だって……あたしは悔しいのよ! 何度王国と帝国に奪われればいいの!? 何度涙を流せばいいの!? もうまっぴらよ! 偽装龍魔弾でも何でもいい! あいつらに一泡吹かせられるならそれでいい! 大切な子を……この子を奪ったあいつらに一矢報いたい!」


 我が子の亡骸を強く抱きしめて、女はミラの瞳を見つめてくる、


「お、俺もだ!」


 別の村人も声を上げる。


「このまま奪われるままなんてまっぴらだ! 俺たちができるってことを連中に見せてやろうぜ!」

「僕も!」

「私も!」

「わしもじゃ。若い者をこれ以上失うのは耐えられん。それにここを降りたところでこれまでと同じことの繰り返しじゃ。ならわしは奴らと戦う道を選びたいんじゃ」


 民草を戦火に巻き込むなど、王としては無能の証明だ。それでも今は彼等に頼るほかない。


「ありがとう。あなたたちは、この艦橋にある部屋を自由に使ってください。それからカイに偽装龍魔弾に必要な薬液の調合法を今から教わってもらいます。多分敵はすぐにでも攻めてくるわ。それには間に合わせたいの」

「姫様、あとのことは俺が引き受けます。あなたは艦橋でスカイギアの制御を」

「ええ。任せるわ」


 ミラは踵を返してカイと村人たちに背を向け、艦橋へ向かった。ふと、ある気配に気づく。艦橋へ近づくたびに濃くなる。敵意はなし。しかし濃厚に香る強者の風格。

両腕に手甲を嵌めてからミラが水密扉を開けると――。


「にゃるほど。あんた王の器だァ」


 黒鉄ジュウロウが艦橋の窓に背を預けていた。胸に刻まれた傷跡からの出血が止まっている。得物の小銃を手にしており、瞳に宿る生気はいささかも衰えていない。

 彼からは、戦意も敵意も害意も感じない。しかし念を入れて両の拳は握り締める。


「ここまで演説が聞こえていたなんて耳がいいのね」

「へへへェ。人間の結束を高める最良の方法は敵を作ることだァ。敵の存在ほど為政者にとっての宝もねェ。自分への敵意を別の何かに擦り付ける。上手いやり方だァ」

「お褒めの言葉ありがたく頂戴するわ。こっちも驚いたわ。カイが仕留めそこなうとは、さすがに元狼牙隊にして伝説と謳われる傭兵ね」

「いい腕前だがなァ。まだまだ詰めが甘ぇんだよォ」


 ミラがガードを上げると、ジュウロウは首を振った。


「おっとォ。おいらはあんたとやり合う気はねぇよォ」

「でもここにいる意味はあるのよね? 目的を話してもらえるかしら?」

「龍人で吹き飛ばされそうになったから慌てて逃げ込んだってのがまぁ一つだァ。もう一つはあんたに話があるのさァ」

「聞かせてもらおうかしら?」

「とりあえずその物騒な拳をもっとゆるーく構えてくれやァ。緊張してちびっちまいそうだァ」

「汚したらあなたが掃除しなさい。それで話って?」

「おいらもスカイギアに迎えてくれよォ。国民としてよォ」

「……あなたを?」

「戦力は欲しいだろォ。あんたにも悪い話じゃねぇはずだァ」


 嘘をついている目じゃない。偽りを口にしている雰囲気でもない。だが隠し事はなにかある。そんな違和感。異臭。そこはかとなく感じた。

 ミラが戦闘態勢を解かずにジュウロウと向き合っていると、ブーツの足音が近づいてくる。音の響き方と間隔、これはカイの足音だ。


「姫様、大丈夫さね? 何か気配が……」


 艦橋に入ってきたカイがジュウロウの姿を見咎めた瞬間、腰の短剣に手を伸ばした。


「しぶといおっさんさね!」

「待ちなさいカイ。彼とは今交渉中よ」

「姫様?」

「いいから私に任せなさい」


 カイは短剣の柄を握ったままの状態であるが、いくばくか殺気の濃度が薄れている。


「ジュウロウ、どうしてあなたは国民になりたいと? 本当の動機はなにかしら?」

「来るもの拒まず、だろォ? 今回の任務の失敗でおいらの評判も地に堕ちちまったァ。これじゃあ太正国へ帰っても仕事にゃありつけねェ」

「ほんの数時間前、敵だったあなたを雇えと?」

「根無し草が根を下したくなっただけでェ。そこのガキがとことん惚れ込んだあんたの器、そいつを間近で見てみてェ」


 やはり嘘をついている様子はない。今回は隠し事の気配もない。カイが忠義を尽くすミラに興味がある。これが真相なのだろう。何故ジュウロウは、カイに興味を持つのか?

 だが、ロクとは違って後ろ暗い欲望の色がない。

 信じてもいい。信じたい。そうミラの直感が囁いた。


「……いいわよ」

「ひ、姫様!? こいつは」

「いいのよカイ。構わないわ。戦力は一人でも多い方がいい」

「へへへェ、よろしくなァ主殿」


 カイは、短剣の柄から手を離すと操舵装置の前に座り、窓に映る雲海を見つめた。


「まぁ姫様がいいなら俺はいいですがね。戦闘準備は整えておけよおっさん。予備弾は?」

「残り二十発。お前さん相手に一対一でリロードする隙がなかったもんでねェ」

「間もなく竜人に追いつかれるさね。こっちが目的地に着くとほぼ同時に」

「そこであの化け物と一戦交えるってわけかァ。へへへ、達人の蒼脈師が三人掛かりとは言え、分の悪い戦いだぜェ」


 突如、早鐘のような警戒音が艦橋に鳴り響いた。


「追いつかれたわね。カイ、みんなに偽装龍魔弾用魔法薬の調合は?」

「手順は全部教えて早速やってもらっているさね。偽装龍魔弾とは言っても難しい調合じゃないさね。数十分もあれば……」

「分かったわ。降下の準備を。これが最終決戦よ。そして龍人の攻略法は思いついているわ。二人には今からその説明をする。私の指示通りに動いてほしい」


 龍人の襲来。ミラの反逆の総仕上げ。役者と舞台が整い、開戦の狼煙が上げられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る