第22話「魔弾」

「よく避けるなァ、あんちゃん!」


 ジュウロウの放つ銃弾は岩盤を砕き、大地を穿つ。これをカイは稲光のような軽快な身のこなしで辛くも回避し続けていた。

 銃弾一発で通常の魔法を遥かに凌ぐ破壊力を出している。なにより驚愕すべきはその弾速だ。銃の発火炎の光が見えると同時に着弾している。つまり光とほぼ同等の速さで弾丸が射出されているということ。


 けれど妙な点がある。蒼脈消費量の効率の悪さだ。

 銃弾程度の質量とは言え、光の速さに加速するには相当量の蒼脈を消費する。それならその蒼脈を最初からブラストエッジやブラストスピアにして撃った方が効率はいい。

 蒼脈の練度は極限まで練り上げられているが蒼脈量自体はかなり少ない。蒼脈を後天的に身につけたカイをさらに下回るだろう。ミラやロクと比較すれば十分の一以下。


 何故銃にこだわるのか?


 僅かな蒼脈を効率的に運用するための手段が銃なのだとしたら、これが最も効率的。つまり必要最小限の蒼脈で銃弾を光速まで加速するからくりが存在する。

 だがこれを考えている余裕がない。光の速さで弾着する銃弾。先読みを駆使しつつ、常に狙いを絞られないように動き続ける。

 崖を、岩肌を、破裂した岩盤の破片を足場にして地上と空中を縦横無尽に駆け巡り、ブラストスピアの封入された小瓶を次々に短剣で切り裂いた。

 全方位から迫りくる光の槍に対してジュウロウは素早くボルトハンドルを引き、空に掲げたライフルの引き金に指をかけた瞬間、散弾状にばら撒かれた無数のブラストスピアが熱波の発生と共にかき消される。

 ジュウロウは、左手で無精髭を撫でながら子供とじゃれる父のように笑んだ。


「おめぇも太正国の生まれならよく知ってんだろうがァ。下手な魔法も数撃ちゃ当たる……ってのが嘘だってよォ。当たらん当たらん。所詮下手な魔法は無駄弾ばら撒くだけェ。狙い澄ました一発にゃあ敵わねェ。それがおいらの持論だァ」


 何故弾道変化を使えるなら最初の一撃の時にそうしなかった。どうして最初の一撃で仕留めに来なかった。


「例えば弾道変化かね? 光の速さで飛ぶだけじゃない。弾道を自由に操作できるようさね」

「気付いてたかァ!」

「なんで最初に使わなかった? 使われたら一発は確実に貰ってたさね」

「……一つは、おめぇさんを一発で殺しきれると思ってねぇからだァ。極限まで鍛え抜かれた仙法の防御能力はおいらの弾丸でも致命傷を与えるのは困難。もう一つは見極めてぇのさァ」

「見極める?」

「おめぇさんを骨抜きにしたあのお姫様と、お姫様が信頼するに足るおめぇさんの底力をなァ」


 遥か高みにいる格上の存在。何故か勝てる気がしない。掌の上で弄ばれている感覚。けれど付け入る隙は存在する。

 ボルトアクションライフルは一発撃つたびにボルトハンドルを引いて次弾を装填しなおさなければならない。そこに隙が生じる。ボルトハンドルを引き、排莢、次弾装填までの動作に合わせ間合いを詰め、首を切り落とす。

 ジュウロウの右手がボルトハンドルにかかる瞬間を見逃さず、カイは地面を蹴った。刹那、背後から濃厚な死の予感が突き刺さる。回避行動は間に合わない。直感が囁く。

 反射的に全身の仙法の出力を極限まで上げたが、しかし肉体は灼熱に射抜かれた。

 左肩・右脹脛・左脇腹・左上腕が射抜かれて焼け焦げた肉片が飛び散った。四発の弾丸が虚空へ消えるとともにアリアの悲鳴が木霊する。


「カイ!」


 激痛と自らの肉が焼けた不快な匂いに惑わされず、カイは冷静に状況を分析していた。

 ジュウロウはまだ発砲していない。ボルトハンドルを引き、排莢が終了しただけだ。背後から撃たれたことと考えても結論は一つ。今まで撃った弾丸は生きていた。岩や地面の中に身を潜め、再攻撃の機会を窺っていたのだ。それを証明するかのように、ジュウロウはほくそ笑んでいる。


「へへへ。ってのは全部嘘でェ。仕留められる機会を待ってただけだァ!」


 素早く装填を済ませたジュウロウのライフルが火を噴いた。しかしカイは既に反撃の体勢を取っている。振り下ろされた短剣の切っ先へ吸い込まれるように光と同じ速さで弾着した弾丸は、白い光と蒼い燐光を放ちながら粉微塵に破砕された。

 カイは光と同じ速さでは動けない。だが手負いの状態でもタイミングを見計らい迎撃手段を置いておくことはできる。速度で圧倒的に劣るなら予測で上回ればいい。


「弾丸の軌道を操作できるなら……全部破壊すればいいってわけさね」


 ジュウロウは、嬉々として舌を打った。


「これだよォ。一発じゃ仕留められねぇとは思ったから油断を誘うためにいろいろやったがよォ。まさか四発喰らっても平気とはねェ」


 並の蒼脈師であれば内臓が肉のスープにさせられていた。物心つく前から血反吐に塗れて鍛錬させられた忍の里での日々に唯一感謝することである。


「さすがは忍の里の飛鳥カイ。おめぇさん化け物染みてるぜェ。おじさん怖くてちびっちまうよォ」

「……俺は忍の里の飛鳥カイじゃない。ミラ・クーフィル・アザランドにお仕えするカイ・アスカさね」


 カイは、右手で短剣を握り直し、左手を懐に手を入れた。


「……あんたの銃の弾丸、残りの弾は五~六発ってとこか」


 取り出した小瓶には赤く光る薬液が収められている。貴重な一本だがこれで残りの弾丸を凌ぐには十分だ。そしてこれを凌げば勝利すると確信している。


「全部打ち落とすのは無理だろうぜェ」

「いや……一発も通らないさね」


 カイは不敵に笑った。自信に満ち、確信を持ち、勝利を疑わない。


「あんたの銃弾のからくりは掴んだ。ちょっとばかし繊細過ぎるさね。繊細故に攻略法も思いついた」


 追いつめられているのはカイだけではない。ジュウロウもまた追いつめられている。非常に少ない蒼脈量。わざわざ工夫を凝らして銃という武器にこだわっているのは恐らくそれ以外の戦い方ができないから。

 そしてやたらと弾丸をばらまかないのは数を撃てないから。予想では先程の弾道操作された四発でカイを仕留めるはずだったのだろう。裏を返せば四発と追加の一発で仕留めきれなかった時点で計算外。

 消耗戦を続けるメリットがないのはジュウロウのほうだ。それを避けるためにも次の攻防で残りの弾丸を一気に放つだろう。凌ぎさえすればカイの勝利。凌げなければジュウロウの勝利。


「だから銃弾はこれ以上一発も俺には当たらねぇよ。試してみるかい?」

「面白れェ。やってみろやァ」


 ジュウロウが引き金に指をかけた瞬間、それをはるかに上回る速度でカイの短剣が小瓶を切り裂き、薬液が空中に散布された。赤い濃霧がカイの周囲に立ち込めていく。

 カイが何かを仕掛けたのは分かっているはず。だがジュウロウは子供のように無邪気な笑顔を浮かべている。どんな戦術を仕掛け、どのように自分を打倒してくるのか待ち遠しくて仕方がない。およそそんな顔をしている。


「行くぞォ! 小僧ォ!」


 ボルトアクションとは思えない凄まじい速度で連射された五発の弾丸は幾何学模様の軌跡を描いてカイの周囲を駆け巡り、攻撃の機会を待っている。

 一方でカイは、濃霧の中で背筋を伸ばしてどっしりと立ち、微動だにしない。完全なる待ちの姿勢。逸る気持ちをぐっと押し殺す。

 水球の中でミラが苦しんでいるのは分かっている。状況を打開出来るのはカイをおいて他にいない。だけど心を理性で宥め、待ち続ける。

 自ら動いてはいけない。この戦いはすでにカイの勝利が決まっている。銃弾のからくりを解いた時点で勝ちは揺るがない。だから焦るな、と自分に言い聞かせた。

薬液から生じた赤い霧が酸素と結合し、空間を侵す様をジュウロウとて不気味に思っているのは間違いない。だがそれを上回る強い感情にジュウロウは支配されているようだった。

 好奇心。強者と相まみえる愉悦。優れた蒼脈師ほど強敵の仕掛けた謎に挑みたくなる。超一流の薬学師が仕掛けた戦術。踏み込まずにはいられない。

 弾丸は、光の速さを保ちつつ空中を蛇のようにうねり跳び、軌道を悟らせない。突如カイの背後で地面が破裂し、熱せられた土埃が巻きあげられる。次に熱波と共に崖が撃ち崩され、さらにはその破片までもが粉砕された。粉塵に包まれて、カイの視界がみるみるうちに封じられていく。


「喰らいなァ!」


 五発の銃弾が粉塵を突き破り、一斉にカイを目指して突き進む。光の速さの銃撃は目で見てから反応するのは不可能だ。事実カイの視覚は、飛来する弾丸を認識できていない。直撃は不可避、そのはずだった。

 弾丸がカイを包み込む赤い霧に触れた瞬間、突如青い燐光が迸り、急速に勢いを失っていく。続いて白い炎が銃弾から漏れ出し大気に霧散した。

 失速した弾丸は、音速の領域すら下回る緩慢な動作に変じる。自身よりも動きの遅い銃弾は、脅威ではない。それらをはるかに上回る初速で振るわれた短剣が銃弾を全弾切り払った。


「おいらの弾丸を!?」


 大いなる驚愕と歓喜、そして小さな諦観がジュウロウを支配したかに見えた。全ての弾丸を撃ち尽くした。勝利の天秤はカイに傾きつつある。

 ジュウロウの懐に潜り込んだ瞬間、勝利を目の前にした刹那、最も人間が油断する時間ながらカイに慢心はなかった。

 短剣の切っ先が円を描き、三六〇度を薙ぎ払った。ジュウロウの胸に刻まれる横一線の傷跡。そしてカイの背後には切り裂かれた四発の銃弾の破片が散らばっている。


「野郎……見抜いていやがったァ」

「さっき俺を射抜いた四発の弾丸。追いつめられたこのタイミングで再操作するのは読んでいたさね」

「へへへ……強くなったなァ」


 微笑みを湛えたままジュウロウは地面に倒れ伏し、同時に抗えない脱力感に襲われたカイも片膝をついてしまう。


「カイ!」


 アリアが今にも泣き出しそうな声を上げながら駆け寄り、肩を貸して立たせてくれる。


「カイ、大丈夫ですか!?」

「ああ。ちょっと疲れちまっただけさね。傷も薬を使えばすぐに治るさね」


 安堵したのか、アリアの瞳から涙の粒がはらはらと舞った。


「よかったです……でも、一体何が何やらアリアには分かりません。どうやって倒したんですか?」

「あの赤い霧は、魔力無力化魔法さね。俺の切り札の一つだ」


 魔力無力化の魔法は決して強力なものではない。無力化と言えば聞こえはいいが、実際には魔力を減衰させるのがせいぜいで完全に無力化する代物ではない。


「本来ならそこまで強力な魔法薬じゃない。ロクの水球には通じんさね。だが奴の弾丸に仕掛けたからくりが複雑かつ繊細だったからこそ通用した」

「からくり?」

「アリア、仙法を極めた者は、自分の質量を操作することができるのは知ってるな?」

「はい。カイもそうやって素早い動きを可能にしていると」

「そうだ。だがな、あいつのそれは、そのさらに上の領域。弾丸の質量を変化させてたんだ。重くではなく……軽くだ」


 ジュウロウの光速で飛翔する弾のからくりの要は、銃弾の質量を変化させることにあった。質量を持つ物体を光の速さに加速するには蒼脈と言えど困難。だが、光と同様に質量が存在しなければ物体を光速で飛翔させるのはそう難しいことではない。

 だが銃弾に仙法をいくら込めても魔法以外の蒼脈法は蒼脈師から切り離されて大気に晒された時点で霧散してしまう。

 そのためジュウロウは魔力で弾丸を包み込み、銃弾に込めた仙法が霧散しないようにしていた。そして魔力は光速まで弾丸を加速させたり、自在な弾道変化の際の噴射剤の役割も果たす。銃弾にかかる摩擦熱の問題も気法で弾丸そのものの強度を強化してやればよい。


 さらに標的に着弾する瞬間のみ、仙法の操作によってゼロになっていた質量を銃弾本来のものに戻していた。それによって地形を変えるほどの高い破壊力を生み出している。

 これがジュウロウの扱う技の仕組みに関してカイが推理したものである。凄まじい修練の果てに築き上げた究極の技術。数十年、片時も欠かさず錬磨し続けた結果だろう。


 けれど技の完成度が今回は仇になった。仙法・気法・魔法の全てを小さな弾丸に込めるため、それぞれのバランスが少しでも崩れると、技が完全に崩壊してしまう。

 カイは、ジュウロウの技の根幹を支える銃弾の表面を覆う魔力を減衰させた。そのため推進力の低下と仙法・気法の維持が困難となり、弾丸は急速に失速。結果カイの身体能力で十二分に対処できる弾速になった。

「蒼脈法の基本三種類を全て組み合わせたジュウロウの魔弾……見事な技だったが、その完成度が命取りだったってわけさね」


 ――あとは姫様の、あんたの番さね。

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