第20話「元狼牙隊と忍」
地上からスカイギアへと続く洞穴の岩盤が青い閃光と共に破砕される。手甲を纏ったミラの一撃によって破壊されたのだ。
地上で待っていたのは、二人の蒼脈師と怯え切った村人たち。
二名の蒼脈師は、カイと同じ太正国の人間であるのが顔立ちで分かる。
一人は白髪交じりの総髪の男だった。しわと無精髭で飾られた面立ちと着古した黒い羽織袴をだらしなくふわりと纏っている姿は一見すると強者とは思えない。
だが、年季の入ったボルトアクション式のライフルを肩に担いだ立ち姿は異様に様になっている。紛うことなき強者だ。
もう一人は、栗毛色の髪をした青年だった。女性のように美麗な顔立ちをしており、唇に薄い紅を差している。武器は何も持たず、黒い装束を身に着けていた。
「久しぶりだねカイ」
青年がはにかみながら破顔すると、銃を携えた男が愉悦に浸った笑みを浮かべた。
「こいつがカイ・アスカかァ。にゃるほどォ。ええ面構えしとるわァ」
青年を見つめるカイの双眸は、狼牙に似た白く尖鋭な輝きを灯した。
「やはりロク、お前だったさね。九年ぶりか?」
はにかみが薄れたロクは、汚水のように濁った殺意を滲ませて両手を広げた。
「裏切り者……なんで死んでないの? なんで? 裏切ったの? 龍の元に行けたのに」
しかしその感情が向けられているのはカイではない。アリアでもない。射抜くようにミラだけを見つめている。
「悪いのはその女だよ。その女が全部悪い。そいつがカイをおかしくしたんだ。そいつがカイを愚かにしたんだ。だからお前は僕が殺す……殺す!」
両の掌から膨大な蒼脈が溢れ出た。天賦の才を持つ者が飽くなき修練の果てに辿り着く研ぎ澄まされた蒼脈だ。
「殺す!」
極限まで練り上げた蒼脈の極致。どれほどの使い手か、想像も及ばない。その上、もう一人の蒼脈師からも負けず劣らずの気迫を感じる。
「カイも子供の頃、名前ぐらい聞いたことあるよね。黒鉄(くろがね)ジュウロウの名を」
ミラもジュウロウ名は何度も耳にしている。蒼脈を生まれ持たなかった身でありながら太正国軍最強の戦闘部隊『狼牙隊』の分隊長にまで上り詰めた男。狼牙隊を去って以降も戦場を転々とし、世界に名を轟かせる伝説の傭兵だ。
蒼脈師としては珍しく銃を得物に使う噂は事実のようだ。銃は蒼脈を持たない人間の護身用として開発された武器。蒼脈師が使うことは殆どなく、使うにしても副兵装としての色が強い。
ライフルの他にジュウロウが武器を持っている様子はない。着物に仕込んでいる可能性もなくはないが、あるにしても精々暗器の類だ。
あのライフルがジュウロウにとっての一本槍なのだろう。ただの銃ではない可能性が高い。何かしらの仕掛けが施されているはずだ。
不幸中の幸いなのは、ロクの手札をカイが知り尽くしているだろうということ。ミラとカイでロクを素早く片付けた後ジュウロウを仕留める。相手の戦力を削ぎ、数的優位に立つのが定石。だが敵の能力が分からない状況は不気味。ジュウロウ相手に迂闊な立ち回りはできない。名前は有名なのに、能力について知られていない。つまり相対して技を見た相手は全員殺されている証明だ。
「おいらがあんちゃんのお相手かァ……なるほど、確かにおめぇさんはカイ・アスカって感じの顔してらァ」
「俺の顔がなんだって? 作りのよさには自信があるがね」
「そいつは否定しねぇよォ。いい血筋なんだろうなァ。おいロク! いいのかァ? 俺が殺しちまうぞォ?」
「僕には殺せない……だって僕が殺しても武勲を立ててないカイは、龍の元へ行けない! でも裏切り者には死しかない……それが忍の里の掟。カイ、覚えているよね?」
冷笑を浮かべたカイは、姿勢を低くして構える。
「忘れたさ。俺の故郷はもう忍の里じゃない。今の故郷は、あのお方の隣さね。ミラ・クーフィル・アザランドのお傍さね」
ロクの落胆が増すたび、両手から放たれる蒼脈が増していく。
「里を裏切り、祖国を裏切り、僕を裏切った……祖国を裏切るとは君の両親を裏切ることでもあるんだよ? 龍の元へ行けなくなるよ!」
「物心つく前に、里へ捨てられたんだ。親父とお袋の顔すら覚えてないさね。それに里の連中が俺に教えたのは人の殺し方と騙し方だけ。未練はないさね。持てる忠義は全てミラ・クーフィル・アザランドに捧げた。俺には郷愁なんて無縁の感情さね」
「なんでだよカイ……今ならまだ何とか出来たかもしれないのに……その女を殺せば武勲を立てられたのに……裏切り者め……でも僕には殺せない……大好きだから殺せない! 裏切り者を殺したら僕の武勲になってしまう! 僕は里の英雄になってしまう! だから僕はカイを殺さない! 里の命に背くんだ! だからせめて一緒の場所に行こう? 僕も武勲はいらない! この女を殺すのは武勲のためでも栄誉のためでも国のためでもない! 個人的な復讐だ!」
ロクの咆哮が大気に染み渡ると同時に、みるみるうちに空気が乾燥していく。
「姫様気を付けろ! そいつは水の干渉制御さね!」
カイの発した忠告がミラの耳へ届くより速く、巨大な水球が峡谷を埋め尽くした。ミラとロク、さらには村人たちの全員が水球の中に閉じ込められる。
(は、速いわ!?)
臨戦態勢を整えていたのに避ける間もなかった。技の展開速度が尋常の域ではない。
(村人たちまで巻き込まれてしまったわ……それも全員。早くここを出なくちゃ!)
ミラが水球を打ち破ろうと拳を繰り出した。凄まじい膂力によって水球の形が大きく歪んだが破裂には至らず、すぐさま元の球体へと戻ってしまう。二撃目、三撃目と繰り出すも結果は変わらない。
(力づくじゃ破壊できないわね。術者を倒さない限り、脱出は不可能……カイ、アリアをお願いよ)
ミラは水球の中から、外にいるカイとアリア、そして銃口をカイに向けるジュウロウの三人を見やった。
――九年前より腕を上げてるのは気配で分かったが……これほどとは……技の速さがあの頃とは桁違いさね。
九年前のロクの技が焼き付いていたせいで、カイは虚を突かれてしまった。今すぐミラを助けに行きたいが、わずかでも隙を見せたらジュウロウに喉笛を噛み切られる直感が脳裏を駆け巡る。
「んじゃまァ、おいらが仕留めるかねェ」
死がすぐそこまで迫っている。己の直感が告げた警告に従い、カイは咄嗟にしゃがみこんだ。
刹那。
背後から破滅的な爆圧が襲い掛かった。振り返ると、崖に巨大な穴が穿たれており、焼け溶けた大きな岩石の破片が出来立ての飴のように地面へ広がっていく。
ミディア峡谷の地形が変化するほどの一撃。その際に生じた衝撃と熱風が伝わってきたのだ。戦慄するカイの鼓膜にようやく銃声と破壊音の二重奏の音色が届いた。
避けなければ重傷は免れなかっただろう。口笛を鳴らすジュウロウにかすかな驚きと大きな称賛が浮かんでいた。
「さすがだねェ。忍の里で将来有望とうたわれ、太正国・帝国共同の暗殺作戦に抜擢されただけのことはあらぁなァ」
「あっさりと裏切らせてもらったさね」
「へへへ。みてぇだなァ。忍の里の飛鳥(あすか)カイ。弱冠十二歳にして魔法薬を用いた太正式薬学魔法『忍法』の達人。おめぇさんの名前はおいらもよく知ってらァ」
「忍法?」
初めて聞く単語にアリアが首をかしげると、ジュウロウは脂の乗った舌を躍らせた。
「この国で言うところの魔法薬学、俺たちの国じゃ忍法って呼ぶのさァ。蒼脈を持って生まれなかった後天的な蒼脈師を実戦レベルまで鍛えるための代物だァ。少ない蒼脈量を補うため仙法のみ極限まで鍛え、気法・魔法は特殊な薬液を用いた『気遁法・魔遁法』で補う。忍の里はロクのような才気あふれる蒼脈師を育成すると同時に、無才の人間を忍法使いとして練磨するのさァ」
薬液を使うが故、気法と魔法の性能は個人の才能に左右されず、安定している。
仙法さえ実戦レベルに鍛えてしまえば重要なのは、薬液の調合の知識と実戦でどの薬品を使うかの取捨選択をするための戦術眼。
どちらも個人の資質によらず、鍛錬によって身につく技術だ。
才能ある者は通常の蒼脈師に。
才能なきものは忍法使いに。
極東の島国でありながら太正国が十三大国でも上位に入る国力を持つのは、圧倒的ん戦力である狼牙隊の存在と才能の有無によらず達人を生み出せる忍の里のシステムによるところが大きい。
「しっかし女にいかれるとは、達人も人の子だなァ。おいらから見るとまだガキだが、確かにすんげぇ美人だァ。おっぱいの一つでも吸わせてもらったかァ?」
「年寄りの口はよく滑るもんさね。もう少ししゃべりやすいように両頬を裂いてやろうか?」
カイが懐から青い薬液の収められた小瓶を取り出して短剣を逆手に構えると、ジュウロウはボルトハンドルを引いて次弾を装填。ケタケタと喉を鳴らした。
「いひひひ! 兄ちゃん、いい剣持ってんなァ! そりゃ切れ味がよくて痛そうだァ! ごめんこうむるぜェ!」
本来銃弾は蒼脈を持たない人間や未熟な蒼脈師にダメージを与える程度の威力しかない。それが地形を一変させる破壊力。ジュウロウの銃に細工がされているのは確実。
破壊力だけなら銃弾に大量の蒼脈を込めているとすれば説明はつくが、蒼脈の運用法としては実に非効率的だ。弾丸に込める蒼脈をそのまま魔法として放てばよい。
またはカイのように魔法薬を利用している可能性もある。だがこの方法だと、銃に魔法薬を仕込んでいるにしてもあらかじめ銃に装填した分の魔法薬しか使えない。例えば事前に炎の魔法薬を装填してあったとして相手が炎に強い耐性を持つ蒼脈師だった場合、戦闘中に別の弾を込め直さなければならない。
多様な魔法薬入りの弾をあらかじめ装填しておくにしても、小銃の構造上、撃ちたい種類の弾をすぐさま撃つのも難しい。
カイのようにその都度、状況に適当な小瓶を取り出し、剣や拳で直接割った方が即応的且つ多彩な戦法を扱える。
つまりジュウロウが銃という武器にこだわっている以上、銃でなければ得られないメリットが存在し、さらにはそのメリットが彼の名を伝説にまで押し上げたもの。
一対一の状況でも容易い相手ではないうえに、ミラはロクの術中に捕らわれ、おまけにもう二人、強い蒼脈を持つ者が先程からこちらを窺っている。
かなり遠いからすぐに戦線に参加してくることはないだろうが、遠くにいるのがかえって不気味。何故数的優位を取ろうとしないのか。その理由が分からない状況が怖い。四人一斉に来られたほうがマシだ。
カイは、ちらりと気配をする方向に目をやる。気配の主は恐らくカイのよく知る人物だ。
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