第5話「蒼脈法」
反逆姫の一行は、周辺の木々を跨ぐように張り巡らされた青く光る糸と朝露で重みを増した草をかき分けながら森を南下している。
幻鈴草の煙の中で捜索隊を一晩やり過ごしたおかげで、彼等は遥か彼方の見当違いな場所にいるだろう。
一行の先頭はカイ。真ん中にアリア。最後部にミラという布陣だ。しかしその進行は亀の歩み。原因は先頭を歩くカイだった。
「しかしこの太さ、輝き。この辺りの霧蜘蛛の糸は立派なもんさね……お!? こいつはヒートナッツ! こんなに群生してるのか! ちょうど欲しかったのさね」
赤い葉を持つ背丈の高い針葉樹が群れを成してミラたちを包囲するように居並んでいた。その枝から黄色い楕円形の果実が無数に垂れ下がっている。一つ一つの大きさは大人の親指の先程だ。表皮は磨かれたように艶があり、木漏れ日の反射で煌めいている。
カイは、次々実を摘み取ってアリアの背負う背嚢に投げ入れながら上機嫌に舌を躍らせた。
「こいつは、蒼脈の影響を受けて進化した植物の一種でね」
動植物も人間同様蒼脈を持つ個体や蒼脈の影響を受けて進化したものが存在し、ヒートナッツもそうした植物の一種だ。
「皮を剥いて水分を与えると破裂して周囲に熱風をまき散らす性質があるんだ。これがまたかなりのもんでな。でかい獣でも昏倒させるのさね。なんでこういう進化をしたかというと落ちた実を食べた動物の唾液に反応して種を遠くへ飛ばすためのなんです。なんで遠くへ飛ばすかというと……ってお! やっぱり」
カイは地面に生える花に注目した。螺旋を描いて伸びる透き通った茎を持つ花がミラたちの膝の高さまで生い茂っている。赤ん坊の掌ぐらいある壺状の花の花弁は透明になっており、中には水が溜まっていた。
「メリエ草。こいつも蒼脈の影響を受けて進化した植物で、空気中の水気を花の中に集めたり、噴射したりする性質があるんです。ヒートナッツの群生地には必ず生えてるのさね。メリエ草を好む草食の獣はヒートナッツを忌避し、メリエ草は春になると花に吸収した水分を周囲にあるヒートナッツに向けて高圧で噴射する。するとヒートナッツの果肉と種に水分が浸透して破裂、種を遠くへ飛ばさせる。互いに共生関係にある。ヒートナッツが種を飛ばすよう進化したのも、メリエ草の群生地の少しでも近くに種を飛ばすためだとも言われているんですよ」
カイは、小気味よく口を動かしつつ慣れた手つきでメリエ草を採取して、これもアリアの背嚢に詰め込んでいく。
「この辺りは、宝の宝庫さね。霧蜘蛛の巣は蒼脈を増大し、伝搬させる効果があるから立派な糸にまみれたここは、薬草の聖地って言ったところかね」
毎度毎度この説明を聞かされる方はたまったものではない。アリアは興味深げに頷いているが、ミラのほうはわざと重ったるい嘆息を漏らしながら眉間にしわを寄せ辟易としていた。
「カイ。薬学に関しての饒舌さは、あなたの悪癖だわ」
「そりゃあすいません……こいつは!」
ミラの忠告はカイの耳に届いていない。彼の全神経はメリエ草近くの地面に開けられた拳大の穴に寄せられているようだった。
「やっぱり全然まったくこれっぽっちも聞いてないわね」
穴に左手を突っ込んで中をまさぐっていたカイの表情が突然無邪気な色に包まれた。
「いた」
穴から抜いた手には、カエルが握りしめられている。特別大きくもなく特別小さくもない、大きさだけなら平均的なイボガエルだ。
カイが握り潰しそうな勢いで力を込めると、カエルはうめき声を上げ、浅黒い表皮から橙色の粘液を吹き出し、手袋をべっしょりと濡らした。
「こいつは砥汁ガエル。気法と同様の効果を持つエンチャント用の魔法薬製作に使われるカエルで蒼脈を生まれつき持ってる生物さね」
そんな蒼脈を持って生まれず後天的な取得も叶わなかったアリアは、羨望の眼差しでカエルを見つめていた。
「すごいカエルさんですね。アリアより優秀です」
「こいつの体表から出る橙色の汁が『気法』の性質によく似ていて刃物の切れ味を向上させるのさね。しかも気力に相当する成分が粘液に守られている。だから空気に触れても劣化しにくいのさね」
気法は、蒼脈を気力に変換して、武器や徒手空拳に纏わせて攻撃力を強化する蒼脈法。ミラが城壁を破壊した時に使ったのもこの技だ。変換する時イメージするのは、橙色の雷。全てを撃ち抜き、焼き焦がす破壊の権化。触れれば致命傷不可避の必殺の一撃。
「カイ、どうしてこのカエルさんは気法に似た粘液を出すんですか?」
「アリア、そうやって聞くと話が長くなるわ」
「こいつらは剣ネズミと共生関係にあるのさね」
「ほら……」
「彼等の背中の刃の切れ味をよくしている代わりに、剣ネズミの巣穴に住まわせてもらい、天敵の牙みみずくから守ってもらっているのさ。こんなにでかいのは久しぶりに見たさね」
「つまりカイみたいなヘタレでも強くなれるというわけね!」
ミラは、カイの肩越しに砥汁ガエルを覗くと、カイの釘のような視線が打ち込まれる。
「あんた殴られたいんですか?」
「アリアの目の届かない所でお願いします。止めに入るのも面倒なので」
「アリア冷たいわ! ぶー」
パンパンに頬を膨らませて唇を尖らせたミラを、アリアは侮蔑の眼差しで射抜いた。
「なにがぶーですか、あなた今いくつですか? そのぶりっ子恥ずかしくないんですか? そもそも今国家反逆して逃亡中の身だということをお忘れになったんですか?」
「カイ! 最近アリアがレッドビーンズの辛煮込みのように激辛だわ! 私なにかしたのかしら!?」
「いや。あんた今んところ、やらかししかしてないでしょうが。親の顔が見てみたいさね」
「母上と父上の顔は知ってるくせに! この国で一番有名だわ! 大体さっきからその口の利き方は何!? 二人とも不敬罪だわ!」
「姫様、あんたの母親が撤廃したでしょうが」
「うー!」
ミラが鼻息を荒くした瞬間、大気がざわついた。
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