第6話

「そっちから来ないなら、こっちから質問しちゃうよ?」

 雅さんがニコニコと笑いながらクッキーを口に運ぶ。

「ほら、君島君」

「では、よろしくお願いします。雅さんは若い頃にウィーンで活動をなされて、日本に戻って来たとの事でしたが、それはどうしてですか?」

「ん~、そうだね、結論から言えば、僕は元々日本が好きなんだよ。でも、うちの先生が、若い頃は世界を見て回るべきだ、とか偉そうな事言っててさ。その頃の僕はまだ割と素直だったから、はぁそうなのかなぁ、とか思って、ウィーンに飛んだんだよ。んでさ、CDも出したし、それが日本でも人気だって聞いたから、もういいかなって思って戻って来た」

「先生とは、小早川弦先生ですよね?」

「そうそう、あの頑固親父」

「雅さんは、どうして小早川先生の元で学ぼうと思ったのですか?」

「ああ、別に僕から弟子入りした訳じゃないよ。15くらいの時かな? 僕が優勝したピアノのコンクールがあって、その審査員の一人が先生だったんだ。んで、終わった後にあの人僕に話しかけて来たんだよ。お前に足りないものがなんだか分かるかって」

「それで?」

「分かりませんって言った。そしたら、今度家に来いって、名刺渡された。んで、暇だから一回遊びに行ったんだよ。ケーキ持って。んで、目の前でピアノ弾いてもらって、まぁ恥ずかしながら感動した訳よ。それでもっかい、お前に足りないものが分かったか、って言われた。んで、まだ分からないから通いますって言ったんだよ。そっから週1~2位で行くようになった。だから、厳密に弟子入りしてたかって言えば違うのかもしれないね。弟子にして下さい、分かった、みたいなやりとりがあった訳じゃないし」

「成程……」

「んじゃ次僕の番ね」

 雅さんはそこで、椅子をぐいと前に出して、俺との距離を詰めて来た。

「今日も明日も笑いたいの中で描かれてる事って、どの位本当の事なの?」

 改めて雅さんの顔を見る。少年のようなキラキラした瞳をしていて、何と言うか、本当にファンなのであろう事が伺えた。

「多少デフォルメはしてますけど、大体本当の事ですよ」

「大体って事は、嘘もあるの?」

「嘘って訳じゃないです。ただ、漫画的な大袈裟な表現はあるので」

「はいはい、出来事自体は全部ノンフィクションって訳だ。プロポーズの時の指輪も、元気になるおまじないって渡したんでしょ?」

「……そうですけど、あれ漫画だと、お菓子の差し入れなくてがっかりしてる琴が、袋投げ捨ててるじゃないですか。そう言うのは無かったですね」

「『なぁんだ、お菓子じゃないのか~』『ちょっとちょっと、よく見てよ、指輪指輪!』」

 雅さんが、漫画の台詞を諳んじる。

「……よく覚えてますね」

「大好きだから、自然に覚えちゃうんだよ。ケーキ持って先生の時に行った時も、琴ちゃんは大はしゃぎでケーキ食べてたっけ。あの子がどんな相手捕まえたんだろうなぁって思ってたんだけど、漫画読んで安心してたんだ。ついでに、本人の顔を見て更に安心した」

 雅さんが俺の顔を見てニヤリと笑う。

「僕的にはね、いっつも雅兄ちゃんって迎えてくれた琴ちゃんの事、本当の妹みたいに思ってた訳よ。そんな子が自分の人生の事漫画にしてるんだよ。買うでしょ? 読むでしょ? 嬉しくなるでしょ? そしたら、相手の男に会ってみたくなるでしょ?」

「あの、会ってみたくなるって……、どう言う事ですか? 俺はたまたま……」

「あれ? 聞いて無いの?」

「何をですか?」

「僕が君に会ってみたいから、そっちの編集部にお願いしたんだよ。そしたら編集長って人に、OKする代わりに、インタビューと言う形で本人を向かわせますので、お話を聞かせて頂いてもいいですかって」

「……初耳です」

「あ~、そうなんだ。まぁ僕は、タツヤ君が来てくれたからなんでもいいけどね」

 あの編集長の猿芝居にまんまと踊らされた訳だ。それならそうと言ってくれればいいものを。そんな事で仕事を断ったりしないのに……。

「でもそれなら、琴に直接連絡をくれれば……」

「僕琴ちゃんの連絡先知らないんだ。それに編集長さんがね、タツヤ君のインタビュー形式の新しい企画を立ち上げようと思ってたから丁度よかったって喜んでたし。タツヤ君の会社の為になれば、それは即ち琴ちゃんの作品の為になる訳で、そうなればファンとしては喜ばしい事だなって思った訳よ」

「じゃあ、ファンなら当然分かると思うんですけど、俺達の出会いを作った、担当Sっているじゃないですか?」

「ああ、S嬢ね。常に男を求めてる感じが面白いよね。あの子も実在するの?」

「こいつです」

 次の瞬間、背中を強烈な衝撃が襲って来た。

「痛っ」

「ほほほ、君島君、そろそろインタビューに戻りましょうよ」

 S嬢のモデルが全く似つかわしくない笑いを俺に向けて来る。平手打ちをくらった背中が痛い。

「そうなの!」

 雅さんのテンションが上がる。

「違います。確かに私は小早川先生の担当をさせてもらってますけど、あれは先生が私の姉の話を更にデフォルメして描いてるものですので、私とは似ても似つかない架空の人物なんです」

 いけしゃあしゃあとはこの事か。

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