第23話 見つけたよ、ファティマ

 定住予定の物件を何軒か内見して、リストを絞り込んでいく三人。今日は郊外の森に囲まれた閑静な一軒家を内見に来ていた。

 「三人でルームシェアするにはピッタリのお家ですよ。部屋数も申し分なく、プライバシーも守れます。家族が増えてもゆったり暮らせますよ」

 不動産屋が鍵を開けて屋敷の中に入ると、木造の空き家は床を軋ませて一行を出迎えた。

 「掃除すりゃあ暮らせないこともないな」

 「車も何台も停められるし、ファティマも免許取って車買えば?」

 「そうしようかなー。これから通勤に困りそうだしね」

 不動産屋がタバコ休憩している間、三人は屋敷をくまなく探索した。収納も広いし、間取りも申し分ない。リストに加えてもよさそうだ。

 ふと、ファティマが今後について不安を口にした。

 「もし……もしもよ。あたしたちが逮捕されたらどうする?あたしは保護になるのかな?あんたたちは無事じゃすまないでしょう?三人離れ離れになっちゃう」

 ヴィクトールとエンリーケは沈黙した。ここまで逃げてきたが、捕まった時のことを話し合っていなかった。ヴィクトールは提案する。

 「もし俺たちが捕まって、ファティマが保護されたら、この街で一人で暮らせよ。そして夢を叶えるんだ。薬の研究員になりたかったんだろ?国が違うから年齢制限もきっと解決するよ。俺達が出所したら、また三人で暮らそうぜ。この街でな」

 ファティマは暫時黙考して、やがて輝くような笑顔を向けた。

 「そうね。この街で夢叶えてみる。薬の研究して、新しい薬を開発して、絶対成功して見せるわ。あんたたちはしばらく豚箱でクサい飯食べて罪を償って来てよ!」

 エンリーケは歯に衣着せないファティマの物言いに苦笑した。

 「その言い方……。もっと言い方あんだろ」

 三人はアハハと笑い合った。ヴィクトールが拳を突き出して二人へ交互に視線を送る。

 「いつか、すべてが終わったら、この街で三人で暮らそう。約束だ」

 ファティマとエンリーケも拳を突き出し、三人は拳を合わせて誓い合った。

 いつか捕まっても、罪を償って、再びこの街で集おう。海の見えるこの街で、いつまでも楽しく生きるために。

 そして、その「いつか」は、直後に訪れた。

 「どちら様ですか?この物件の所有者の方ですか?」

 窓の外でタバコ休憩をしていたはずの不動産屋が、誰かと話している。三人は窓の外を覗って――戦慄した。

 「うそ……カスパール?!どうしてここに?!」

 「誰?知り合い?」

 「まさか、お前の元婚約者?!ここまで追ってきたのか?!」

 ファティマはとっさに隠れようとした。クローゼットに隠れようとして、聞き覚えのある声に捕まってしまう。

 「ファティマ!!会いたかったよ!!ずっと捜していたんだ!!やっと会えた!!こんなところにいたんだね!!助けに来たよ!!さあ、帰ろう!!」

 カスパールは両手を広げてファティマに歩み寄った。すかさずヴィクトールとエンリーケが立ちふさがる。

 「ファティマは渡さねえ。もうお前のもんじゃないからな」

 「何だって?」

 「あいつには指一本触れさせねえ!どうしてもというなら……!」

 エンリーケは腰から銃を取り出し構えた。ヴィクトールも一拍遅れて銃を構える。

 「お前たちか。僕の愛しの婚約者を誘拐した悪党は」

 「ファティマはこれっぽっちも愛しくなかったみたいだがな」

 「何を馬鹿な」

 ファティマもクローゼットから半分顔を出して舌を出す。

 「親が勝手に決めた婚約じゃない!あんたもあたしを利用してただけでしょ!何が愛しのファティマよ。あたしは全然愛しくない。べーだ!」

 カスパールは米神に青筋を立ててゆっくりとスマートフォンを取り出し、警察に電話した。

 「私です。見つけました。このスマホのGPSまで」

 「どこに電話してんだ?」

 「警察に決まってるだろう」

 「てめえ!!」

 エンリーケが引き金を引く。カスパールは首をわずかに傾けてそれをかわす。

 「君から撃ってきたな。ありがとう。これで正当防衛だ。死ね!」

 カスパールは懐からメスを取り出して二人に躍りかかった。今撃てば罪が重くなる。咄嗟にそう判断したヴィクトールは銃を持つ右手でカスパールの突撃を食い止め、左手でメスを持つカスパールの右手を掴んで攻撃を阻止した。

 「ヴィクター!」

 「撃つなエンリーケ!撃ったらこいつの思うつぼだ!」

 エンリーケは瞬時に察して銃を仕舞い、カスパールを羽交い絞めにする。だが、カスパールは意外と体を鍛えていて、思うように攻撃の手を食い止めきれない。

 「貧弱な。お前たちのような軟弱なチンピラと僕を一緒にするなよ?」

 カスパールはエンリーケの拘束を振りほどき、ヴィクトールめがけてメスを振り下ろした。すんででヴィクトールがその手を掴んで食い止める。だが、強い。じりじりとメスがヴィクトールの眉間に近づいていく。食い止めきれない!と、

 「動くな!警察だ!」

 警察官が複数人屋敷に乗り込んできた。

 「誘拐犯は貴様か!」

 どう見てもカスパールが一方的に攻撃を加えている構図にしか見えなかった警察は、カスパールを拘束して手錠をかけた。

 「違う!僕は被害者だ!この男たちが犯人だ!」

 「えっ」

 巡査長がカスパールの顔を確認して、彼を捕縛する巡査を諫めた。

 「馬鹿野郎!この方は依頼人だ!放せ!」

 「し、失礼しました」

 そして巡査長がヴィクトールに歩み寄り、

 「ファティマ・バルベイロ誘拐の容疑で、逮捕する」

 と、ヴィクトールに手錠をかけた。もう一人の巡査もエンリーケに手錠をかける。

 婦人警官がファティマに近寄り、「もう大丈夫ですよ。もう怖くない」とファティマの肩を抱いた。

 ファティマの目から、一滴の涙がこぼれた。

 「違う……違うの……。この人たちは、あたしを守り続けてくれたの……。何も悪いことしてないの……」

 巡査長はその言葉に、一つ溜め息をついた。

 「シュルツバーグ症候群か……。長い期間一緒にいて、絆されたんだな。安心しなさい。悪夢はいつか覚めるものだ。家に帰って日常に戻れば、何もかも忘れられる」

 ファティマは静かに涙を流し続けた。その様子をこの場の全員が見守る。ヴィクトールもエンリーケも、苦い顔をして彼女を見守る。

 「嫌……。家には帰らない……。あたしはこの街で二人の帰りを待ってる」

 「帰りましょう?ファティマさん」

 「嫌……。嫌――――!!!」


 ヴィクトールとエンリーケは合衆国に強制送還され、収監された。裁判でも罪を認め、有罪が宣告されると、再び刑務所での辛い日々が始まった。

 電車を乗り継いでモナウ州の自宅に送り届けられたファティマは、カスパールに抱きしめられ、撫で繰り回された。

 「ファティマ。会いたかった。結婚しよう。すぐ入籍しよう。僕の名前は書いてあるんだ。婚姻届けに名前を書いてくれないか」

 ファティマは人形のように心を閉ざし、カスパールの声に一切反応を示さなかった。今までのように吐き気がしなくなっていたのは、ヴィクトールとエンリーケのおかげで、苦手意識をほんの少し克服していたためだろう。だが、気持ちのいいものではないのは確かだ。

 「あんたなんか殺してやる。あたしをあの海の見える街に帰して。あたしはあの街で夢を叶えるの」

 「夢?夢って何だい?」

 「薬の研究員になるの。そしてあの二人の帰りを待っているの。お金をためて、二人の帰りを待つの。約束したの」

 「可哀想に、ファティマ。変な夢を見たんだね。それは夢だ。悪い夢だ。今この瞬間が現実だよ」

 「だとしたら現実のほうがよっぽど悪夢だわ」

 「ファティマ……」

 カスパールは苛立ち始めた。

 「僕が何もかも忘れさせてあげる。抱いてあげるよ。こっちにおいで」

 カスパールはファティマの手を引いて、ベッドに誘導しようとした。その手を振り払うファティマ。

 「誰が粗チンインポ野郎のあんたなんかに抱かれるものですか。あたしを汚さないで。あたし今超身体綺麗だから。汚らわしい」

 あの大人しかったファティマの言葉が汚くなっていることにカスパールは驚いた。きっと悪党と一緒にいて毒されたのだろう。

 「そんな汚い言葉を使うもんじゃないよ、ファティマ。僕たちは婚約してるんだ。何も汚いことはない」

 ファティマは苛立った。

 「汚いわよ!気持ち悪い!!親同士が勝手に決めたって言ってるでしょ?!あたしは婚約したつもりはないわ!好きでもない男に汚されたくないって言ってんのよこのチ**野郎!!」

 その言葉にカスパールの堪忍袋の緒が切れた。こうなったらたとえ乱暴な手段に出てもファティマに思い知らせてやらなければ。

 「ファティマ!いいから僕に抱かれるんだ!一回抱かれたら君もきっと解ってくれる!」

 「何も解りたくないわね!触らないで!汚いって言ってんのよ!」

 カスパールはファティマを横抱きにしてベッドに押し倒し、ブラウスを引き裂いた。ファティマの小ぶりな胸があらわになる。

 「嫌ーー!!やめて!!このチ**野郎!!きーたーなーい!!」

 「大人しくしろ!」

 カスパールはベッドの枕元にあった万年筆でファティマを脅した。だがファティマはその手を払いのけ、カスパールの目に突き刺す!

 「うぐっ!何を……!」

 カスパールの力が緩んだ隙にファティマはカスパールの下から逃げ出し、そばにあったワインの瓶で盲滅法めくらめっぽうにカスパールの頭を殴った。

 「ファティマ、ごめん、やめ、痛い」

 そしてカスパールが動かなくなるまで殴り続け、死んだのを確認すると、ファティマはスマートフォンに手を伸ばした。

 「警察ですか?あたし、人を殺しました。逮捕しに来てください……」

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