第24話 また3人で、ずっと一緒に

 カスパールを殺害したファティマは、警察に自首し逮捕された。裁判の結果、過剰防衛での殺人罪が言い渡されたが、情状酌量の余地を認められ、懲役五年の判決が下った。

 ファティマが収監されると、刑務所に収監されて間もないヴィクトールの元にかつて世話になった刑事のセシルが面会にやってきた。

 「お前の大好きなファティマちゃん、逮捕されたぞ」

 「ファティマが?なんで?」

 「殺人だ。婚約者にレイプされそうになって、返り討ちにして殺したらしい」

 それを聞いてヴィクトールは血の気が引いた。

 「ファティマは無事なのか?」

 「婚約者のカスパールに乱暴される前に婚約者を殺したらしいぞ。しかし、お前への操を守って婚約者を殺すとは、相当お前に惚れこんでいたんだな。あの女に一体何したんだお前?」

 それを聞いてヴィクトールの胸に熱いものが込み上げた。

 「ファティマ、相当あの婚約者を嫌ってたからな。操を守ったのか……。そうか、そんなに……」

 セシルは椅子から立ち上がり、話は終わりだと立ち去ろうとした。

 「まあこれでお前たちは仲良く揃って懲役五年だ。五年後にはまた会えるさ。今度こそ真っ当に堅気の仕事して暮らすんだぞ」

 「教えてくれてありがとうおっさん。またな」

 そして面会時間はお開きになった。

 ファティマも収監されて、三人仲良く懲役五年。その判決が三人にとって何よりの希望だった。五年後にはまた会える。そして、海の見えるあの街で、また三人集まって、今度こそ定住できる家を探して、仲良く楽しく暮らすのだ、ずっと一緒に。

 三人は生来善良な性格のため、模範囚と呼ばれるほど懸命に働いた。

 そして、五年の歳月が流れた。

 出所後、ヴィクトールはエンリーケのスマートフォンに電話をかけた。電話番号が生きているか不安だったが、幸い電話が通じた。

 「よお、エンリーケ。俺だ、ヴィクトール。今どこにいる?」

 エンリーケは懐かしい声に、顔をほころばせた。

 「ポルトフのホテル。物件探してる。三人でまたこの街で暮らすんだろ?」

 ヴィクトールはエンリーケの約束に忠実な性格に安堵した。

 「あの約束忘れてないんだな。俺、今娑婆に出て来たばかりなんだよ。これからそっちに行くから、物件決めるのはもう少し待っててくれ」

 「解った。出来るだけリストアップしておく」

 一週間後、エンリーケとヴィクトールは合流し、物件を決めて再びルームシェアして暮らし始めた。あとはファティマが出所して、合流するのを待つだけ。二人は手ごろな仕事を見つけ、ファティマを待ち続けた。だが、三カ月待っても彼女は現れない。半年待っても現れない。季節は巡り、冬が来て、春が来て、夏が来ようとしていた。

 新しい生活にも慣れたヴィクトールのスマートフォンに、見知らぬ電話番号から電話がかかってきた。

 「もしもし?」

 「ヴィクトールさんですか?」

 「そうだけど」

 「あたしよ、ファティマ。電話解約されたから、これがあたしの新しい番号」

 「ファティマ?!ほんとに、あのファティマなのか?どうしたんだよ、ずっと待ってたんだぞ?」

 「待たせてごめんね。今どこにいる?」

 「あの街だ」

 「あの街ね。解った。一週間ほど待って。今出所したばかりなの」

 ファティマに会える。実に六年ぶりだ。彼女はどうなっただろう?あの幼さの残る小さくあどけなかったファティマは、年齢を経て綺麗になっているだろうか?

 海岸沿いを走る道路の片隅にイルカのモニュメントが置かれている開けた場所がある。この街の待ち合わせの定番となっている場所だ。ヴィクトールとエンリーケはタバコをふかしたりスマートフォンでゲームをしたりしてその時を待った。そこへ。

 「遅くなってごめーん!」

 聞き覚えのある懐かしい声が響いた。

 「おせーよ!!」

 「どんだけ待たせんだよ!」

 二人はゆるゆると土手に設置された階段に歩み寄った。カンカンとヒールサンダルのヒールの音を鳴らして、小柄な緑色の髪の女が駆け上がってくる。髪はすっかり長くなり、セミロングの髪をふわっとなびかせている。真っ白いロングのワンピースが、夏の風にあおられて裾を舞い上がらせた。少しだけ身長が伸びたような気がする。顔だちが大人びたような気がする。だが、紛れもない。彼女は。

 「ファティマ!」

 「ヴィクター!エンリーケ!会いたかった!!」

 彼女を出迎える二人の胸に、ファティマが飛び込んだ。

 「家はもう見つけたの?」

 「とっくに!」

 「じゃあすぐに一緒に暮らせるのね!今度こそ、誰にも邪魔されず、三人で、ずっと一緒に!」

 「ああ、これでやっと三人そろった。これからもずっと一緒だ!」


 リビングでシャワーを済ませてスマートフォンを弄るファティマ。しばらく遅れてシャワーを済ませたヴィクトールが髪をタオルドライしながらやってきて、その隣に座った。その様子を見て、エンリーケはギリギリと歯を食いしばった。

 「お前らはいいよな。そうやって、好きな時に好きなだけエッチできるもんな」

 ヴィクトールとファティマが赤面して言い繕う。

 「は?何言ってんだよ。そんなしょっちゅうしてないぞ?」

 「やめてよそういうこと言うの。お互いのことは干渉しない約束でしょ?」

 彼の指摘通りシャワーの前に二人が肌を重ねていたのは確かだが、そういうことにはお互い干渉しない約束をしていた。羨ましがられても困ってしまう。

 「お前だって彼女いるじゃん。早くこの家に連れて来ればいいじゃん」

 「振られたんだよ!!浮気されて!」

 「はあ?!振られたの?いつの間に?!あんなに仲良くしてたじゃない!」

 エンリーケはスマートフォンのトークアプリの履歴を二人に見せる。そこには修羅場があった。

 「うーわ、キッツ……」

 「最低。何あの子」

 「ああー!ちっくしょう!処女だ、男は苦手だって言ってたけど全くのでたらめだった!周りに訊いたら相当遊んでるメンヘラビッチだった!!クッソ騙された!!あの女―!!」

 エンリーケは頭を掻きむしり、缶ビールを一気飲みした。

 「俺もファティマみたいな可愛い彼女欲しーよー!!なんでどいつもこいつもビッチばかりなんだー!!」

 ヴィクトールとファティマは顔を見合わせ、苦笑した。

 やがてヴィクトールとファティマは結婚し、元気な子供をもうけた。エンリーケも少し遅れて理想の女性に巡り合い、スピード婚をする。

 彼らの住むこの屋敷はどんどん賑やかになり、笑いの絶えない家になった。

 父に虐げられて一人努力して逞しく生きてきた孤高の天才薬剤師。二度も親に捨てられて見捨てられ恐怖症を抱えた臆病で心優しい犯罪者。虐待する父から逃げて一人懸命に働き家族を養って犯罪に手を染めた男。家庭の愛を知らぬ三人は夢にまで見た理想の幸せな家庭を築いて、いつまでも仲良く暮らしたという。

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