第22話 カスパールの追跡
エンリーケが無事に退院して、再び三人がそろった。かつての仲間から電話があり組織が解体されたことを聞いた三人は、ゆっくり安住の地を探そうと、この
ファティマが長旅に備えてショッピングタウンで買い物に奔走している間、ヴィクトールとエンリーケはベンチで暇をつぶしていた。
エンリーケがふとファティマの話を振ってきた。
「お前がファティマに惚れた理由、なんとなく解ったよ。あいつ、すげー頭いいんだな」
恋人を褒められて、まんざらでもなさそうなヴィクトール。
「解っただろ?そうなんだよ。頭いいんだよ、ホントの意味で」
「お前が付き合うことになったのも、あいつに説教されたからか?」
「当たらずとも遠からずってところかな。心の根っこから掘り返されたみたいな……まあ、そんなとこだ」
「敵わねえよなあ……。あんなこと言われたら、絶対逆らえねえよ」
エンリーケはファティマに人生観を根底から覆されて、じわじわと彼女の言いたかったことが心に浸透してくるのを噛みしめていた。逆立ちしても彼女を論破できる気がしない。
「ああ、全然勝てる気がしねえ。あいつがこの中で一番強え」
今なら、ヴィクトールが彼女に惚れた理由がよくわかるし、ちょっぴりヴィクトールに奪われたことに嫉妬してしまう。
「お前が惚れるわけだよ。俺もちょっと惚れたもん。ファティマが俺のほうに来なくてよかったな」
「それはホントにな。お前のほうに行かなくてほんとによかった」
「俺のとこに来てたら、俺とくっついてたらどうしてた?」
エンリーケは意地悪な質問をしてみる。ヴィクトールはほんの少し胸が痛んだ。
「そりゃあ、涙を呑んでお祝いするよ?」
「本当に?」
「多分。うん。絶対自分から好きだなんて言えなかったと思うし、お前から奪う自信も勇気もなかっただろうな」
「ほんとにお前あいつが好きだったもんな。よかったじゃん、一緒になれて」
「うん……。うん」
そんな話をしていると、噂の彼女が両手に買い物袋を沢山提げて「手伝ってー!」と悲鳴を上げていた。
「買いすぎなんだって、あいつ。しょうがねえな」
三人は思い切って国外逃亡を試みた。偽造身分証明書でジルバ合衆国出国の許可を取り、国境線を超える。目的地は、海の見える街。海洋国イティルの港町・ポルトフだ。ポルトフは大陸の最西端の町だ。大陸中央のジルバ合衆国ではお目にかかれない海に、三人は胸を膨らませた。
国境を越えるにあたり、レンタル可能範囲を超えてしまうため、永らく戦友だったワゴンとはお別れだ。あちこち修理して一緒に戦ってきた仲間と別れるのは少し名残惜しい。系列店に返却して、三人はそれぞれ大きなキャリーケースに全ての荷物を詰め込み電車に乗り込んだ。
「いよいよ国境越えるぞー!」
「いやっほーう!!」
イティルに入国すると三人は再びワゴン車をレンタルし、ポルトフへの気楽なドライブが始まった。
三日も車中泊の夜を過ごすと、四日目の昼下がりにはきらめく水平線が見えてきた。
「あれ逃げ水じゃねえよな?」
「海?!もう海なの?!」
「海じゃね?海だよ、海だーーー!!」
憧れの海。エメラルドグリーンの水平線がキラキラと輝き、大きくうねって寄せては返す。海沿いの道路を走る三人は、居ても立っても居られず、路肩に車を停めて車から降りた。
「すっご!!潮の香りすっご!!魚みたいな匂いがする!!」
「こんな町じゃきっと魚も冷凍輸入ものじゃなくて、釣ったその場で食えるんだろうな。うまそー!」
「しかしすげえな海。なんであんなにうねるんだろう?おもしれー。永遠に眺めてても飽きねえわ」
その後三人はホテルを見つけて荷物を運びこんだ。もう追いかけてくる組織もいないし、警察から身を隠せばしばらくは暮らせるだろう。腰を落ち着けてルームシェアできる大きな家を探そうと考えた。
「ここで三人で暮らすのね」
「すぐ四人にしてやる。俺も彼女見つけて一緒に暮らす」
「お!生きる目標頑張れよ」
そんな気楽な新生活への夢を語り合う三人。部屋の間取り、屋敷のイメージ、立地……夢は膨らむ。新たな魔の手が忍び寄っていることも知らずに。
セレンティア総合病院の院長に就任したカスパールは、手に入れた国内の病院のネットワークを駆使して、ファティマの行方を追っていた。
しかし、手掛かりを掴んでも彼女の姿はするりとすり抜けてまた振り出しに戻ってしまう。出張先でファティマの足取りを追っても、もはや手が届かないほど古い情報しか見つからなかった。いったいどこまで逃げたというのか、ファティマ……。
「絶対に捜し出す。もう邪魔な義父もいない。ファティマ、僕と君は、二人っきりの新生活を送るんだよ。もう結婚も待てない。君を取り戻したらすぐに入籍して、華やかな結婚式を挙げるんだ。ああ、ファティマ。こんなにも僕の心を焦がす。今どこにいるんだ?怖い目に遭っているだろう。可哀想に。早く会いたい。もっと大切にすればよかった。ファティマ。僕は、君を愛している……」
カスパールは探索範囲をモナウ州から国内全土に広げてファティマを探し始めた。インターネットで彼女が利用しそうな病院に片っ端から電話をかける。すると、南部のリャマ州で最も大きな病院で、緑色のショートヘアの小柄な女性と背の高い若い男が仲間の見舞いに何度も通っていた話を掴んだ。
彼女の仲間は重傷で集中治療室に入るほどだった。おそらく犯罪組織の抗争でやられた傷だろう。犯罪組織と関わりのある男の仲間ならば、誘拐されたファティマである可能性が高い。
カスパールは電話を切り、わなわなと震えた。
「見つけた。ついに見つけたよファティマ。今から迎えに行くからね」
カスパールは長期休暇を取り、リャマ州の病院へ向かった。リャマ州への直通の飛行機はない。電車を乗り継いだほうが早いと計算したカスパールは、特急電車を乗り継いで二日後にリャマ州の病院にたどり着いた。
「彼女たちはほんの二週間前……一カ月前だったかな?に、退院していきましたよ」
「詳しい日時は?!」
「今お調べします。……十月一六日ですね。二週間ちょっと前です」
「二週間……どこまで逃げられる?」
カスパールは近くのホテルをしらみつぶしに探した。すると十日前にチェックアウトした三人組の情報が見つかった。大きなキャリーケースをワゴン車に積み込んで出て行った。長旅だろう。
ワゴン車ならばキャリーケースを必要としない。車に積み込めば済む話だ。車を手放すつもりだったのか?ならば、国外逃亡?
カスパールは出入国管理局に掛け合った。一週間前に若い三人組が出国している。その中に、小柄な緑の髪の女がいたという。
「近い。近いよ、ファティマ。やっと会えるんだね。きっと捜し出してみせる」
カスパールは海洋国家イティルに入国した。イティルの警察に捜索願を出す。ホテルで警察の連絡を待つカスパール。目撃情報が集まってくる。場所が絞り込まれてくる。ファティマがどんどん近くなる。そしてついに、滞在していたホテルを見つけた。
「どうも、ポルトフのホテルリバーサイドドルフィンに滞在歴があるようです」
「ありがとうございます」
見つけたよ、ファティマ。
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