第20話 狸と狐の共謀

 一方そのころ、犯罪組織の頭領・ギリエムは、ファティマの父で医師会会長のロドリーゴに電話をかけた。

 「ロドリーゴさん、私、とある会社の社長をしておりますギリエムと申します。折り入ってお話があるのですが、ご都合のよろしい日はありますか?」

 ロドリーゴは聞き覚えのない名前に、一体何事だろうと警戒した。

 「ギリエムさん?はて、どちらのギリエムさんですかな?一体どんな要件でしょう?」

 ギリエムは声のトーンを急に低くした。

 「お前の娘を預かっている組織だ、と言えば話が早いかな?」

 ロドリーゴの顔色が変わった。

 「貴様か!!ファティマを誘拐したのは貴様らか!」

 「まあまあ、落ち着いてください。今回はそのファティマさんの件も絡めて、あなたにいい話があるんです。お目通り願えますかな?」

 「いつ、どこでだ?」

 「いつでも、あなたのご指定の通りに」

 「……明日の午後十七時、自宅に来てもらおうか」

 「承知しました。明日、お目にかかれるのを楽しみにしていますよ」

 そして電話が切られた。ロドリーゴはファティマの手掛かりが掴めると、まんじりともせず一夜を明かした。


 翌日、指定の時間より一時間早く帰宅したロドリーゴは、今か今かと部屋をうろうろしながらギリエムの到着を待った。すると、玄関先に黒塗りのリムジンが停まり、中から丸々と肥えた浅黒い肌の老人がヨボヨボと出てきた。その左目には裏社会でつけられたのだろう深い傷跡が刻まれ、眼球を失っているようだった。

 ロドリーゴは玄関を飛び出しギリエムを迎えた。

 「ファティマは?ファティマはどこにいる?」

 「まあまあ、落ち着いて。あとでゆっくりお話しします」

 ギリエムは杖を頼りにヨボヨボと歩を進めた。ロドリーゴは一刻も早くファティマの話を聞きたくて、ギリエムの落ち着いた緩慢な動きに苛立ちを覚えた。

 客間に向かい合って座ると、ギリエムの横にはボディーガードが立ち、控えていた。

 ギリエムが話し出す。

 「ファティマさんのことを聞きたいんでしょう?最初に申し上げておきますが、実は私共も、彼女の行方を追っていて、正確にどこにいるかは存じ上げないのです」

 ロドリーゴは激昂した。

 「なに?!話が違うじゃないか!預かっているといっただろう?!」

 「まあまあ、聞いてください。私共は最初、ファティマさんを殺そうとして追跡していた。だが、彼女を誘拐した手下はなかなかしぶとくてですな、未だ捕まえるに至っていないのです。そこで、我々も考えました」

 ロドリーゴから焼けるような殺気が立ち上っていた。ギリエムは構わず続ける。

 「ファティマさんを殺すために追跡するのはやめよう、と」

 「当然だ!殺したら許さん!」

 「ファティマさんを殺さずに救出し、必ずあなたの手に渡すことをお約束しましょう。だが、そこで条件があるんです」

 「何だ?金か?」

 「いやいや、あなたから金はいただきません。私と一緒にビジネスをしてほしい、とお願いに上がったのです」

 「ビジネス?」

 ロドリーゴはギリエムから意外な言葉が出たことで困惑した。ファティマを返す条件が、どうビジネスにつながるのだろう。

 「うちの社員に、紹介状を持たせてあなたの病院に通院させます。あなたたちは一見全く健康なうちの社員たちに、黙って紹介状通りの薬を処方する。社員は薬を手に入れる。正規の処方箋で、正規のルートでね。社員は手に入れた薬を通販で売りさばく。我々が社員から手数料を取る。あなたには医療行為に応じた点数が入り、国と社員から金が入る。そこには一切のイカサマはない。クリーンな方法で、みんなに金が行き渡る。あなたの病院は儲かる。私共も儲かる。win―winの関係です。どうです?いい話でしょう?」

 ロドリーゴはわなわなと怒りに震えた。どこがクリーンなものか。詐病の患者に薬を処方し、密売に協力しろというのだ。そんなことをしたらロドリーゴはいつか捕まってしまう。

 「その話は飲めんな。明らかに法律違反だ。違法行為だ。私に犯罪の片棒を担げというのか!」

 「犯罪だなんてとんでもない。クリーンな仕事ですよ。あなたたちは偽造処方箋ではなく正規の処方箋を出すんです。診察もします。紹介状だって本物だ。足はつかない。絶対に」

 「仮に私が上手く患者に薬を出したとしよう。だが私の担当は小児科だ。あなたの社員は診れない。部下の医師たちにやらせるのか?」

 「もちろん、医師の皆さんの協力が必要不可欠です」

 「そんなこと……できるわけ……!」

 「あなたは医師会会長だ。医師会全体で根回しすれば、不可能ではないはずだ。誰もあなたには逆らえない」

 ロドリーゴは考えた。根回しすれば……。足がつかないのならば……。詐病の患者でも、紹介状に薬の指定があれば……。考えるだけ考え尽くして、やがて、「不可能ではないかもしれない」と考えを改めた。

 「ファティマはどうするつもりなんだ?」

 「部下に探させて、かならず無事にあなたの元にお届けします。もう命は狙わない」

 ロドリーゴは深く長い溜め息の後で、腹を決めた。

 「その話、乗ろう。約束は違えるなよ?」

 「いいお返事が聞けて私も嬉しいです」

 ギリエムはにんまりと破顔した。


 その日から、セレンティア総合病院に紹介状を持った患者が続々流入してきた。医師や事務員、看護師たちも、急に患者が増えて外来が混みあい始めたことに疑問を持ったが、ロドリーゴに訊いても「気のせいだろう」と切り捨てられ、頭に疑問符を浮かべながら紹介状に指定されていた薬を処方し続けた。

 科によっては最大二週間しか薬を処方できないと定められていたこともあり、その科は常に大混雑になってしまった。

 続々貴重な薬を手に入れた部下の報告が上がってきて、通販サイトの在庫も飛ぶように売れ、ギリエムはその様子を満面の笑みで見守っていた。

 「この商売は手堅い。やはり薬は一番儲かるな。前回摘発されて解体したのが惜しくて仕方なかった。これで今まで通りだ。俺は社会に貢献している。なあ?」

 側近に話を振り、側近がニコリと微笑むと、ギリエムは通販サイトの管理画面に視線を戻し、カウンターが動くのを飽きもせずに眺めていた。

 一方ロドリーゴは良心の呵責をねじ伏せながら、「これでいい。これでファティマの安全が保障されたのだ。ファティマは必ず帰ってくる。早くこの胸に抱きしめたい」と、彼女の身を案じていた。


 モナウン調剤薬局で、再び処方回数の少ない薬の処方が増えたことに、ソフィアとマチルダが疑問を抱いていた。

 「なんかまた変な薬増えて来たね?」

 「そんなに珍しい患者都合よく増える?あの時と同じじゃない?」

 「新薬もバンバン出てく。もう使われなくなった古い薬もバンバン。何が起きてるんだろう?」

 二人は処方箋をくまなく観察したが、まったくの正規の処方箋だ。保険証が偽造されていないか調べたが、保険証も本物で、透かし模様などのギミックも全く本物と変わりない。

 「変なの」

 ソフィアはカスパールにこの疑問を告げ口しようと考えた。カスパールなら現場で患者を診ているはずだ。薬局よりも正しい情報が手に入るかもしれない。それを口実に、カスパールと食事でもして、ワンナイトでもできればと企む。

 (ファティマが要らないって言うんだから、あたしが貰っちゃってもいいよね、カスパール……?)

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