第18話 孤独な死闘

 「やめろおおおお!!!」

 エンリーケはファビオに銃を向けた。

 「母さんとエマを殺すならてめえを殺す!」

 それを見たファビオの手下たちもエンリーケに銃を向ける。

 「エンリーケ、てめえ解ってねえようだな?お前が俺を殺すなら俺はその前にお前の家族を殺すに決まってるだろ」

 「てめえが家族を殺す前にてめえを殺してやる!」

 今動けばこの緊張状態がすべて崩れる。張り詰めた空気が漂った。

 ――と、エンリーケの母がこの沈黙を破ってしまった。

 「エンリーケ、私のことはいいからこの人を殺して!」

 「あんだとババア!?」

 緊張状態の均衡を崩した声に反応して、ファビオが銃の引き金を引いた。

 ガァン!

 エンリーケの母の首がびくりと跳ね、体を羽交い絞めにしている手下にぐったりと体を預けて、母は動かなくなった。

 「かあさあああん!!!」

 「いやあああああ!!!」

 エンリーケとエマが悲鳴を上げる。ファビオはペロッと舌を出して「いっけね、ついうっかり」とお道化て見せた。

 「エンリーケ、解ったろう?これは脅しじゃねえ。俺ぁ本気だ。妹も同じ真似されたくなければ俺の言うことを」

 「てめえええあああああ!!!」

 ガァン!ガァン!ガァン!!

 エンリーケは無意識に三発ファビオに銃を放っていた。ファビオががくりと膝をつき、その場に斃れる。それを合図に、手下たちが一斉にエンリーケに銃を撃ってきた。エンリーケはエマを羽交い絞めにしている男の頭を撃ち抜き、エマを救出すると、物陰に潜んで手下達を撃った。

 手下達は物陰に追いかけてきてエンリーケを仕留めようとする。だがエンリーケもエマを庇いながら銃をかわして逃げ続けた。

 手下が応援を呼ぶのが見えたエンリーケは、ここにとどまるのは得策ではないと考え、倒れた手下たちの持っていた銃をありったけ拾って腰に差せるだけ差し、エマを庇いながら工場から逃げた。

 ふと、急にエマがぐったりと重くなり、足をもつれさせて転んだので、エンリーケはエマを抱きかかえ、「大丈夫か?」と気遣った。だが、どうも様子がおかしい。

 「……エマ?おい、エマ?」

 エマは目を開けなかった、口から血を流し、そのまま地に伏した。

 エマは既に死んでいた。

 エンリーケはエマを庇っているつもりだったが、実際はエマがエンリーケを庇い続け、銃弾をすべて浴びていたのだ。

 「エマあああああああ!!!」

 エンリーケは絶叫した。

 「許さねえ……許さねえ……全員、一人残らず、皆殺しだてめえらああ!!!」

 エンリーケは両手に銃を構え、手下たちに突っ込んでいった。

 エンリーケの戦闘能力は正気を失って頭に血が上っている一方で、限界を超えて研ぎ澄まされていた。次々正確に手下を撃ち抜き、数を減らしていく。エンリーケもまた数えきれないほど被弾していたが、不思議と痛みは全く感じなかった。熱くて冷たい。そんな不思議な錯覚を感じ、エンリーケは撃って撃って撃ちまくった。手下が倒れれば銃を奪い、弾を切らさず撃ち続けた。

 組織の増援がやってきてもエンリーケの超越した戦闘能力は衰えなかった。銃を構える前に殺す。走ってくる間に殺す。物陰から顔を出したら殺す。

 一発も撃たれることなく持ち主が死んだマシンガンを手に入れたエンリーケは、さらに狂ったように撃ちまくった。辺りは蜂の巣になり、屍の山が積みあがった。気が付いた時には、誰もいなくなっていた。

 組織の支部のメンバーで応援に駆け付けた者達は、一人残らずエンリーケに殺され、組織の支部は壊滅してしまった。

 静かになった廃工場跡で、エンリーケは辺りを見渡した。動いている人間は誰もいない。

 「へへへ……ふふ、あははははははは!」

 限界を超えて酷使した肉体に、肺活量はほとんど残っていなかったが、息も絶え絶えに狂ったように笑うエンリーケ。ひとしきり笑うと、ジャイルから手渡された思い出の銃のみを腰に差し、ふらふらと歩きだした。

 「へへ、馬鹿どもが……。皆殺しにしてやったぜ……。馬鹿に、しやがって……。舐めやがって……」

 廃工場跡の敷地の外まで歩いてくると、その門扉を構える塀に体を預け、エンリーケはズルズルとその場に腰を下ろした。

 「ヴィクターには、悪いことしたな……。結局、誰も守れなかった。馬鹿だ、俺ぁ。誰も守れないで、友達もなくして、俺ぁ、独りになっちまった。謝って、許してもらえるかな……ははは」

 エンリーケはスマートフォンを取り出し、ガラスの割れまくったモニタを何とか操作し、最後の力を振り絞ってヴィクトールに電話をかけた。

 「よお、元気してっか……?」


 ヴィクトールはエンリーケからの着信に、一瞬無視しようとした。だが、もしやと勘が働いて、受話ボタンをスライドさせる。

 「何だエンリーケ」

 「よお、元気してっか?」

 「何馬鹿なことを……って、なんだよ?具合でも悪いのか?」

 ヴィクトールは吐息交じりのエンリーケの声に違和感を覚えた。

 「お前を裏切って、悪かった……謝りたかったんだ。ずっと」

 「今どこにいる?」

 「俺、脅されてたんだ、組織に、捕まって……。母さんと、妹を、人質に取られて……」

 「……」

 「お前が裏切りや見捨てられが大嫌いだって、俺はよく知ってる。忘れてねえよ、親友の誓いを。だが、俺は家族のために生きてきたんだ。知ってるだろ?天秤にかけられて、ギリ家族が勝っちまった。ごめんな」

 「お前、怪我してるのか?死にかけてんのか?」

 一方的に懺悔するエンリーケ。その様子にただならぬ気配を感じ、ヴィクトールは問いかけ続ける。噛み合わない会話は続く。

 「結局、母さんとエマ、殺されちまったよ。だから、仇とったんだ。奴ら、皆殺しにしてやった。へへ。すげえだろ。俺一人で全滅だぜ。褒めてくれよ」

 「この町にいるのか?どこにいる?」

 「屍、拾ってくれよ……。最期に、お前と話ができて、謝れて、よかった。ごめん、な」

 そこで、エンリーケは力尽き、がくりと手を下ろし、沈黙した。

 「エンリーケ?エンリーケ!!おい、何とか言え!!」

 ヴィクトールは通話ボタンを切り、スマートフォンを夢中で操作しだした。

 「エンリーケ、何だって?」

 ファティマが心配そうに声を掛けてくる。

 「エンリーケ、死んだかもしんねえ」

 「ええ?!」

 「今奴のスマホのGPS探知してる。近くだ、行くぞ!」

 ヴィクトールとファティマはスマートフォンの指し示す位置を頼りに駆けだした。

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