第7話 BadTrip
ヴィクトール達三人は隣町まで逃げてきた。と、そこで、ファティマが立ち寄ってほしい店があると言い出した。スマートフォンのナビを頼りに車を走らせると、そこは怪しい実験器具がひしめき合う医療品の卸センターだった。
「なんかヤバそうな薬とか実験器具いっぱいあるぞ……。お前こういうのが趣味なのか?」
「あら。楽しそうでワクワクしない?あたしは大好き」
モナウ州の薬局や病院、医大や学校などに薬品や実験器具を卸している問屋だが、個人が商店として実験器具を購入することもできる。実験器具だけではなく少量だが文房具や事務用品、日用品や白衣などの衣料品も取り扱っている。
ファティマは迷うことなく巨大な店内を縫うように進む。お目当ての商品が判っているようだ。買い物かごに怪しい薬瓶やプラスチックケース、紙などを放り込み、売り場をめぐって大量に生理用品を買い込んでいた。これまで身近に女性がいなかったヴィクトールとエンリーケは、生理用品が大量にカゴに入っているのを見て、それとなく目をそらした。女性であることを急に意識してしまって気まずい。だが、必要不可欠な物資であることも解るので、意識しないように努めた。
「これでいいかな。会計行ってくるから車に行ってて」
そういうと、ファティマは意気揚々とキャッシャーへ向かった。
「おばさん、久しぶり。薬品無くなったから買いにきたわ。いつもの」
おばさんと呼ばれた女性は、長年この卸センターでレジを担当している中年女性だ。ファティマとは顔なじみである。
「あらお嬢さん。ずいぶん早く無くなったのね。生理用品もたくさん」
「お金があるうちにまとめ買いしようと思って。いくら?」
「三六四・五六ダラスよ。ある?」
「余裕だわ」
そしてファティマはいつもと同じ様子で店を後にした。だが、この買い物がこの後大変な事態に発展してしまうのである。
昼休憩に入ったレジの女性は、休憩室のテレビをつけると昼のニュースを見始めた。すると、あろうことか先ほど店に来たばかりの女性が、誘拐に遭い身代金を奪われて逃走中とのニュースが流れ始めたのだ。
女性はあたりをきょろきょろし、駐車場に飛び出して彼女が乗っていそうな車を探した。だが、言うまでもなくすでにここにはいない。
女性は警察に電話をかけ、ファティマの目撃情報を通報した。
「ところでさ」
エンリーケの運転する車中で、後部座席からファティマが口を開いた。
「なんであたしあんたたちに殺されなくちゃいけなかったの?」
「いまさらそれ訊く?!もっと早く疑問に思わなかったのかよ?」
「いやあ……今までなんか緊張してて……」
ヴィクトールはやれやれという様子で、言いにくくなってしまった理由を話し始めた。
「お前、偽造処方箋で薬買ってたやつを警察に突き出して、その後も同じことやってた工作員を次々刑務所送りにしただろ」
「ああ……うん」
「おまえに最初に警察に突き出されたのが俺とエンリーケなんだよ」
ファティマは記憶を検索にかける。一年以上前のことだが、ようやく顔と名前が一致した。そういえばこいつらだ。サントスとダニー。確かにこいつらを警察に突き出したことがある!
「あーーーーーーーー!!!サントスとダニー!あんたたちだったの?!」
「いまさら気付いたのかよ?!」
ファティマは頭を抱えた。
「な、なんてこと……。あの気持ち悪いサントスとダニーと、あんたたちが同一人物……その恨みで殺されることになったのね……」
『気持ち悪いってなんだよ?!』
ヴィクトールとエンリーケが口を揃えて抗議する。
「だって……なんか患者のくせに馴れ馴れしいんだもん……キモかった。死ねばいいのにと思ってた」
『ひ、ひどいな……』
「あー最悪だわ!こいつら筋金入りの悪党じゃないの!!悪党に誘拐されて殺すって脅されながらの逃避行……!最悪だわ!助けて!殺されるーー!!」
ファティマが急に大声で騒ぎ始めるので、ヴィクトールは慌ててファティマの口を塞ごうとした。だが、助手席からワゴンの後部座席まではシートが邪魔で手が届かない。ヴィクトールは仕方なく奥の手に出た。
「黙れ!静かにしないとキスするぞ!」
ファティマはそれを聞いてぴたりと沈黙した。
「よし」
黙らせるのは成功したが、そんなに一瞬で黙るほど効果テキメンだと、よほどキスされるのが嫌なのだろうという結論に達し、ヴィクトールは心の中で泣いた。
「今度からそう脅せばいいんだ……」
エンリーケは妙な部分で感心し、学習していた。
三人はモナウ州の州境の町・ダマルに到着した。ここまでくれば追手もすぐには追いつけまい。三人は車から降りると、街の中をぶらついて今宵の宿を探した。
ところが、だ。やけに警察が張り込んでいる。警察官が数人、街の人たち一人一人に話を聞いているようだ。エンリーケは町の人を一人捕まえ、話を訊いた。
「なんでこんなに警察がいっぱいいるんだ?事件か?」
「ああ、なんでも、逃走中の誘拐犯がこの地域に向かって逃げてきたとかで、捜査してるらしい」
エンリーケは内心ぎくりとしたが、興味なさそうな様子で礼を言った。
「ふーん。誘拐犯ねえ。サンキュ。急に話しかけて悪かったな」
ヴィクトールとファティマの元に帰ってきたエンリーケは、ヴィクトールに耳打ちする。
「サツが張り込んでる。俺達が狙いだ」
「解った。方角を変えて逃げよう」
男性恐怖症のため二人に近づけないファティマは、普通の話し声で二人に声を掛けた。
「何何?警察がなんだって?」
「わっ!馬鹿!」
ヴィクトールとエンリーケは慌ててファティマの口を塞ぐと、ビルの裏路地に隠れ、警察が来ないか様子をうかがった。
(うげ!こいつらの手が、口に!気持ち悪い、吐く!)
ファティマは本能的に嫌悪感を示し、こみ上げる吐き気に耐えた。
しばらく待っても警察が現れる様子が無かったため、ヴィクトールとエンリーケはファティマの口を封じる手を放し、彼女を解放した。途端。
「うぼえええっ!!!」
「うわあああ!!!急に吐くな!」
ファティマが堪らず嘔吐した。ファティマは急いで二人からソーシャルディスタンスをとると、ビルの壁に背中を預け、座り込んでしまった。
「具合悪いなら前もって言ってくれ!」
「違う……あんたたちに触られて気持ち悪くて吐いたの。ほんと私男無理なの。触られると吐くの。だからお願い、触らないで」
男二人は本当に具合悪そうに浅く息を紡いで吐き気に耐えているファティマを見て、顔を見合せた。これは重症である。
「ほんとに男駄目なんだな……まさかこれほどとは」
「どうする……?この先こんな場面いっぱいあるぞ。まずいってこのままじゃ」
それはファティマも感じていたことのようで、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん……。あたしもいつかはどうにかしないとなって、思ってるんだけど……。反射的に無理なの。本能的に無理なの。このままじゃいけないってのは、解ってる」
それを聞いて、ファティマに改善する気があるのならば、と、ヴィクトールは考えた。
「なら、リハビリするか?男性恐怖症治療プログラム。まずは俺達のことが苦手にならないように、毎日少しずつ慣らしていかないか?協力するぜ。なあ、エンリーケ?」
「ん?あ、ああ、そうだな」
急に話を振られたエンリーケが、驚きながら反射的に頷く。
「よし、まずはすぐにこの町を離れて、宿を探そう。そこで今夜から恐怖症治療プログラムの開始だ!」
ファティマは力なく「ええ~~~~~~~」と抗議したが、やがて腹をくくり、「お、お願い、します……」と頭を下げた。
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