妹・四


 ……なんかやたら仲良くない?


 兄さんの膝の上でラーメンを食べ始めたモイちゃん。意外と子供には好かれる自信があっただけにショックだ。そのお兄ちゃんは基本ダメな人だよ? と教えてあげたい。


 食べやすいようになのか、卵も海苔も溶かし込んである。こういう配慮を普段から見せて欲しい。ここにも年下の女の子はいるのだから。


 ズルズルとラーメンを三人で啜る。


 そういえば兄さんと食事するのなんていつぶりだろうか?


 久しぶりに食事する妹に目もくれない兄さんは、一人豪快にラーメンを食べ終える。相変わらず速い。しかも健啖家なのだ。なんで太らないのか不思議だ。


 レンゲや箸は持ってきたのに、取り分ける小皿なんかを持ってこなかった兄さんは、食べづらそうにしてるモイちゃんのサポートに回った。めんどくさそう。いつもどっか抜けているのだ、我が兄は。締まらない。


 小山のようなキャベツをどうしよう。もしかして兄さんみたいにスープに沈めて飲めとでも言うんじゃないでしょうね? みんながみんな、兄さんみたいに太らない訳じゃないのよ?! 全くもう!


「あぶねっ!」


 仕方なく生のまま少しずつ野菜の山を切り崩していたら、兄さんがモイちゃんの額を押さえてスープに顔が突っ込むのを防いでいた。


「何やってるのよ?」


「俺が聞きたいよね?」


 チュルチュルとラーメンを啜るモイちゃん。一生懸命。勢いあまっちゃったのかな?


「しっかり押さえておかないから。モイちゃんまだ二歳なんだよ?」


 そろそろ三歳だっけ?


 あたしの話に驚愕の表情を浮かべる兄さん。驚き過ぎでしょ? 確かに大きく見えるけど。その子まだカボチャパンツじゃん。


「サバ読むにしても倍は酷い」


「兄さんが何言ってるのか分からない」


 まあ、それはいつものことだけど。


 兄さんと話していると、またモイちゃんの頭が傾ぐ。既に慣れたのか兄さんが頭を戻す。


「こいつもしかして眠たいんじゃね?」


「……ご飯食べてるのに?」


 そんな馬鹿な。


 しかし兄さんの説を裏付けるようにモニュモニュと口を動かしているモイちゃんの目は閉じ気味。


「プロの目は誤魔化せない。こいつ、眠たげ」


「誰から見てもそうよ」


 プロって何よ、プロって。しかも眠たげって何よ、眠たげって。断定してなくない?


 ちゃんと飲み込んだのか確認するためにモイちゃんの口を開いて中を覗き込む兄さん。


 ……ちょっと甲斐甲斐し過ぎるんですけど? まさか小さい子が好きとかじゃないでしょうねぇ。


 もうかなり昔のことになるけど、そういえば兄さんはあたしの相手も上手かった気がする。少なくとも下着に手を出されても半殺しで許すくらいには、潜在的に懐いてるわけだし? 許してないけど。


 キュッと兄さんの服を握ったモイちゃんの手を見るに、信頼されてるのは間違いなさそう。


「…………ねむ、ねむ」


「おう、そうか。後は俺に任せて先に逝け」


 カクリと力を失ったモイちゃんが兄さんに体を預ける。それを優しげに撫でる兄。


 ……なによもう! 仲良いじゃん! もう! 兄さんはもう!


 そして兄さんは――――凄い勢いで残りのラーメンを食べ始めた。狙っていたんだろう。撫でてるように見えた手も、どっちかと言えば起きてこないように押さえているようにも見える。台無しだよ。あんたという奴は。


「いらないのか?」


「……食べますぅ! あたしの分まで取らないでよ!」


「失礼だね。もったいない精神ですよ?」


 全く! 全くこの兄は全く!


 上品に食べているのが馬鹿らしくなってキャベツをスープに沈めて掻き込む。兄がそれに続く。


 しばらく麺を啜る音とスープを飲む音しかしなかったが、不思議と悪い気分じゃなかった。


 なんでだろう? まあ、モイちゃんの寝姿が可愛かったからだろう、きっと。


 久しぶりにドカ食いしてるからじゃないと思いたい。


 丼を置いたのは同時。声も揃う。


「「ごちそうさまでした」」


 美味しかった! でも運動しなきゃ! あああああああ…………。


 基礎代謝まで同じなら問題なかったのに!


 今食べたカロリーに思いを馳せていると、満足そうな表情の兄さんと目が合う。太らない兄は笑顔だ。


 ――――別に運動不足の兄さんを運動に誘ってあげてもいいんだけど?


 そういう意味を込めて、あたしも微笑み返してあげた。


 これまた幸せそうな顔で眠るモイちゃんを抱く兄さんが、なんか……なんとなくムカつくから。


 そんな理由で。


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