六日目



 包帯は傷口を圧迫して血を止めるために使うんだ。だから封印が解けたら血が出てきてしまう。治まれ、俺の右腕! っていうのは早く怪我が治れって意味で間違いないと思う。


 正しい使い方をした包帯が頭に巻かれた状態で体を起こす。ふっ、俺じゃなきゃ殺られてたぜ。早く帰ってきた母さんに感謝だ。あと三十秒で逝くところだった。


 子供の頃に死んだじいちゃんが、三十秒で支度しなっ! って言ってもん。全力で近くの柱に抱きついた。じいちゃんは俺の足を引っ張った。そんな夢だった。


 ムクリと立ち上がる。


 完全無欠な引きこもりと言えど弱点がある。時間経過に疎いことだ。まさか妹が帰ってくる時間に気づかないなんて………。


「次は上手くやろう」


 反省終了。


 ほとんど飯を食べる間もなく寝ていたので、腹が減った。


 頭に手をやる。


「くっ! 傷が疼く……」


 はいオーケー。太極拳をしない言い訳終了。ご飯ご飯。


 ガチャリと開いたドアの向こうにはいつもの通りお盆が置かれていた。


 しかし乗っているのは空のどんぶりと『ごちそうさま』のメモカード。どこの怪盗が盗ったんだ!


 無い物は無い。しょうがない。部屋に引き返すとドアに鍵を掛けた。よし安全。


 押し入れを開けてポットとカップラーメンを取り出す。


 部屋に備えついた洗面所でポットに水を入れてお湯が沸くまで待つ。ちなみに水は水道からじゃなく常備している天然水だ。ほら、いつ街の中にゾンビが現れてもいいように備えなきゃね?


 もうもうと湯気を噴き上げてくるポットが悲鳴を上げる。ふっ、他愛ない。もう限界か? ピーピーピーピーうるさいんだよ! 指先一つで黙らせてやった。世紀末で救世主がやれてしまう。


 沸騰したお湯をカップラーメンに注ぎ、待つこと二分。


 ズゾゾー! ズッ、ゾゾゾー!!


 そして一分。ごちそうさま。


 エネルギー充填120%。今日もやれる。まずはシエスタからだ。


 いそいそと布団に潜り込む包帯な俺。なんて無理のない絵だろうか。今度からどこかしこに包帯を巻いて横になってようか。そしたらあの鬼、じゃなかった大鬼いもうとも振り下ろすラケットを躊躇ってくれるかもしれない。


 こっちは途中で死んだ振りしてたのに、関係ないとばかりに振り下ろしてきたもん。


 多分、死んだ振りがバレたんだろうな。多分。


 よし寝よう。


 さあ起きよう。


 時計は相変わらず急に針の場所が変わるという壊れっぷりだ。少し目を瞑っただけなのに二時間も過ぎてる訳がない。


 たった一度の瞬きでこの回復力……自分が恐ろしいぜ。


 なんか頭についていた白い布を取った。なんだこれ邪魔だYO! タラリと垂れて視界を防いできやがった。まさか機関の回し者の仕業か? 俺を封印せんと動きだしたのだろう。させるか!


 コロコロと転がりながら部屋を移動。ポレチとコーラをゲットする。十全ではないのに転がってでも移動するこのスピリッツ、ふっ、よせやい。


 大分遅れてしまった今日の作業を再開する。妹が悪い。違った。妹は悪い。


 今日の更新情報を拾いながら、面白そうなスレを探す。なんか異世界で無双しているとのスレを発見。ただし原住民が人間っぽくないとのこと。コーラの作り方を転記しておいた。


 荒らしは帰れ? よせよ。俺は人気アイドルグループじゃない。


 それ以上だ。


 騒がれても困るので撤退しつつ、ウェブ漫画の新作を探す。良作を発見。恋愛物だ。アマズッペー。ポレチが進むな!


「ただいまー」


 人生を謳歌してる俺の耳に、ドギツい呪文が舞い込んできやがった。ハードだぜ。


 その声の主は、あろうことか階段を登ってきた。いつもと違うパターンだ。こいつはグレイトだぜ。


 なんでなんで? 昨日、顔面血だらけでもちゃんと謝ったじゃない。床に額をこすりつけたじゃない! その時カーペットにシミがついたからオコなの? でも上から頭を踏んだのは君だよ? ああ、その時、俺の下敷きになってた下着にオコなのかな? 血がついてたもんね。でもでも君が散々叩くから、返り血が周囲に飛び散って、どちらにしろ破瓜下着になってたから気にする程の事じゃないよ。


 つーか部活いけや。ファッション部活動か。


 布団から抜け出し足音を殺してドアへ。


 ドクンドクンと心臓を高鳴らせながらドアノブを押さえる。もしかしたらピッキングなんて違法行為をやってくる可能性がある。ちくしょう! この犯罪者めっ!


 ピタリと耳をつけたドアの向こうでは、カチャカチャという音が。きっとピッキング音だ。食器がぶつかるような音に似てるが、間違いない! 俺の耳は確かだ!


 させるかよ!


 唸れ俺の右腕! ヴァジュラあああああああ!


 掛け声に意味はない。しいて言うなら神様だ。神頼みだ。


「……兄さん? もしかして起きてる?」


 そんなに俺の息の根を止めたいんだろうか。妹の将来が心配だ。


 まさか返事をするわけがなく、まんじりとした時間が過ぎる。


 些かの沈黙を残して、パタパタと足音が遠ざかっていく。


 今日も生き残った。なんかじいちゃんの舌打ちが聞こえてきたんだけど?


 階下に消えた足音に、僅かにドアを開くと食器がなくなっていた。泥棒かな?


 取り残されたメモカードだけが寂しくその存在を主張していた。


 内容が変わっている。


『今日カウンセラーの人が来ます。リビングで話す気がないのなら、部屋に入れるので。悪しからず』


 ちょっと何言ってるのかわかんない。


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