四日目



 現実に早送りは存在しない。


 スキップの存在しないリアルに絶望だよ。俺が得意とするゲームには存在するのに。


 隣にいる無表情の妹様を攻略するにはどのような言葉を放てばいいのか。一説によると、好きの反対は無関心で嫌いというのは好きに変換可能だそうだ。そのパソは壊れてる。


 ここで選択肢が浮かんでくるほどモテ男じゃない俺は、今まで積んできた経験(ギャルゲ○)からこの後の行動を模索した。


 ・撤退


 ・トンズラ


 ・壁ドン(部屋で。悔しさをバックに)


 オーケー。一回距離を置こう。そしてその距離を保つんだ。武道の基本だよね。


「じゃあの」


「はい、待って」


 ガシッと腕を掴まれる。はい、って言うのは肯定表現だと思ってたんだが……英語の方でしたか。直訳すると、すげぇ待て。声を掛けたのがアダになったか。でも業界の基本なんです。


 考えている間にもミシリミシリと悲鳴を上げる俺の腕。まるでボンキュボンの典型のように一部が細く。ははは、いやだなー、人体の構造的にそんなに細くなる訳ないのにー。血液さんが通れなくなっちゃうよ。


 ……。


 う、うでがぁ! うでがぁー!?


「勿論二人分ってことだよね穀潰し? うちのエンゲルさんを高くするだけのあんたが、まさかこれ以上の圧迫なんて許される訳ないもんね。うん。あたしと二人分よね? あたしが今日は早く帰ってくると分かってて、一緒にピザを食べようってことでしょ? その割りに連絡が無かったとか、一人でメニュー決めて注文したとか、おかえりも言わなかったとか、全部目を瞑って聞いたげる。あたしと、下で、一緒に、ピザを食べる、……そうね?」


 イエアー(嫌だ)。


 心で否定しても、体は正直だった。いつの間にか必死で頷いていた俺に、ふてくされつつも「……よし」と手を離す妹。


 なんとか拷問を脱したようだ。あれ? 左腕さん? ただの屍ごっこかな?


 リビングに歩き出す妹に、右手で左腕を揺すったりしながら首を傾げつつ大人しく付き従う兄。正しい家族主従関係だね。赤い涙が出るよ。


「コップ出すから座ってて」


 リビングのテーブルにピザやらサイドメニューやらを置くと、自分が座る予定の場所に学校の鞄を投げ出し、キッチンへ消える妹。


 ……コップって何に使うの? 拷問?


 サービスで付いてきた炭酸飲料は缶ジュースだ。コップの使い道が分からない。俺が人生を充電している間にマナーが変わったんだろうか? 不安だ。恥を掻かないためにも人前に出るのは控えよう。究極のマナー。


 いつもと違う位置にあるテレビにテーブル。ソファーなんて上等な物もサンクチュリア(自室)には存在しないので身の置き所がない。アニメを録り溜めていないテレビで何を見ろっていうんだ! バラエティーかな。


 しかし物には正しい使い方というものがある。椅子には座り、テレビはつける。普通だ、普通にすればいいんだ。


 ソファーに深く腰掛けテレビをつける。ピザの箱を開け缶のプルタブをカシュる。いい音だ。炭酸を血に溶かし、ピザを片手にバラエティーを見る。パーペキ。


 あとはどうだ?


 笑えばいいと思うよ。


「フハハハハハハハハ!!」


 ガツンと響く。鈍い音。


 ビクリと驚く。弱い俺。


 持ってきたコップをテーブルで丁寧に鳴らす妹がいい笑顔だ。


 そういうやり方が今のマストバイなの? 一気飲みした冒険者がテーブルにジョッキを叩きつけるようにするのが? 外にダンジョンが出来てたりするの?


「おいしい?」


 笑顔の妹が聞いてくる。


 親指を立ててサムズアップ。最高に冒険者してる。


 一緒に何故か持ってきていたタッパーを開けた妹が、中からオレンジの何かを一つまみ。ピザにバラ、バラ、バラ。


 漢字に直すと人が入る物を食すのは……ちょっと。そんな言い訳でいこう。


「食いしん坊のお兄ちゃんに、優しーい妹が食材の嵩ましをして上げたよ。どうしたの? あー、左手が動かないんだねー? じゃあ、あたしが食べさせてあげる。はい、あーん」


 助けて冒険者。


「こ、こここんな所にはいられない! わたしは帰らせてもらう!」


 立ち上がる俺。立ちふさがる妹。おかしいな。完璧な捨て台詞だったというのに、妹が逃がしてくれないよ。こういう時はあれだぞ? 「行かしてやれ。どうせ死ぬ」とか言って見逃してくれるもんなんだよ? むしろ生かしてやれよってツッコミが入るとこなんだよ。


「どこにいくの? まだあたしの手(を加えた)料理食べてないじゃない?」


 妹の目には光が入っていない。やだ怖い。


 思わず距離をとってもしょうがないと思う。


「そういうのは好きな人にしてやりなさい」


 将来の奴隷、もとい! 旦那様とかにね?


「お兄ちゃんだーいすき(笑)」


「きもーい」


「いいから食べなさいよ」



 ヤバい。既に目どころか雰囲気も笑えない。何がいけなかったんだろう? もっと丁寧に気持ち悪いって言えば良かったのかな?


 バトルの予感を感じさせる重たい空気に、俺はフッとニヒルに笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る