三日目
起きたよ。
コロンと横に転がる動作から立ち上がる。ゆっくりと息を吐き出すと猫足立ちからの、なんちゃって太極拳をかます。詳しく知らないけど問題あるまい。気持ちが大事。
そこから何故かジャブに繋がりシャドーボクシング。シュッシュッ! という擬音はデフォだ。言わない奴は人類じゃない。宇宙人だ。
タップリ二分程で疲れて止める。目が覚めて即座に運動する俺の健康指数がハンパない。朝のランニングをする人と同じだと言えよう。
運動をしたらお腹が空く。生物だもの。朝ご飯をいただこう。
夜とは違い無警戒でドアを開く。その堂々たるや日本男児の鑑かもしれない。引きこもりの夜明けぜよ。
しかしそんな気持ちを裏切るように、ドアの外にはお盆が置かれていなかった。
代わりに置かれていた紙幣。一葉さん。
月に一、二度こういう事がある。デリバリーしてね、という解釈で間違いあるまい。外食してね、ではないだろう。俺の家族への理解度を推して知るべし。
残りがお小遣いになることから、ここは主夫ばりの節約術の見せどころだ。
何を頼むか、それが重要だろう。
安く、ひたすら安く済ませる、且つ! お腹に溜まるメニューだ! 自炊はない。コンビニに行くとかふざんけんな。
狭められた選択肢に俺の頭脳が冴え渡る。
ピザ一択で。
高いとか時間が掛かるとかは安易な考えだ。こういう時は取り慣れたメニューがいいんだ。毎回ピザだ。引きこもりはピザだ。
布団に寝そべってパソコンをカタカタカター。ネット注文だ。電話注文とか店員が聞き取りを間違えるかもしれないから却下だ。ディスりじゃない。ここ最近誰とも会話をしていない俺の滑舌の悪さを考えてだ。先読みだ。あれ、ディスられてない?
タンタンターンとリズムよくキーを叩く。人差し指オンリー。締めはいつもの。
「エンター!」
決まってしまった。3570円だ。お金を用意せねば。
一葉さんを
準備が出来たので部屋を出る。一階に降りるのはいつ以来だろうか…………よく考えれば一昨日降りたな。
玄関前に正座をかます。ここでジッと待つのがいつものパターンだ。
心静かに――――――落ち着けー落ち着けー。大丈夫ー大丈夫ー。今からくるのは親戚のオジサンとかだと思うんだ。もしくは来世の自分だ。
いきなり対人とかハードルが高過ぎるので、こうやって心に鎧を纏うようにしている。声が裏返っても恥ずか死がらないようにするために。精神集中って大事。
正座で精神集中してると突発的に居合い抜きしたくなるよね。日本人だもの。片膝立ててバッ! またつまらぬ物を斬ってしまった。立てる膝が反対? いいんだよ。頬十字傷流なら反対の足が奥義なんだから。
なんて伝統文化をしていたらガチャリと回る鍵。開くドア。オープン・ザ・セサミ。トッピングはシーフード。
まずはチャイムが鳴る筈とシュミレーションしていた俺は、思っていたのと違う展開に固まる。これじゃない。
姿を現したのはMY家族。妹のマイン。
俺の記憶にある髪の色よりやや赤茶けた感じがする。きっと日に焼けたのだろう。紫外線が悪い。切れ長の瞳とボブカットのヘアースタイルに美少女と言っても差し支えない容姿をしている。現在中学三年生のテニス部。だったような?
テニスのラケットを入れた鞄を肩に掛け、一昨年まで俺が通っていた中学の制服を着て、驚くことなくこちらを見ている。
振り切った腕に片膝立ちのまま固まる兄に、妹は何を思うだろうか。おっとゴミを漁るブタを見る目ですね。
「ただいま」
要約すると、出荷されたくなかったら端に寄れ邪魔だ、というとこだろう。分かったよマイシスター。
玄関の端に移動して正座する。目は地面を凝視。今頃になって太極拳が効いてきたのか汗が出始める。
ガチャリと閉まる鍵。ビクリと跳ねるブタ。
戸締まりは大事だよね。戸締まりは。俺も部屋の鍵は常に掛けるようにしてるもの。ささっ、ずずずいっと奥までどうぞ! 俺は出来るだけスペースを取らないように端で丸まってますゆえ。
しかし俺の気持ちが読めない妹様は、何故かこちらに近寄る。視界にはローファー。まあ細くて美しい足だこと。きっとブタを踏みつけたりはしまい。汚れちゃうもの。
汗をダラダラと流す俺に影が掛かる。降ってくる声。電波ではない。
「た・だ・い・ま」
別に強く言ってる訳ではない。冷たいだけだ。クールビューティーを地で行ってるだけ。
影は一向に動こうとしない。これは返事を返さねば動かない気配。自宅を警備している最中、全く喋らないから発声器官が衰えてしまうのではないかと不安になった俺は、常に独り言で訓練している。簡単なミッションだ。いくぜ!
口をパクパク。
あれ、おかしいな、声が、遅れて、出てこない。
ヤバい。何がヤバいかわからないぐらいヤバい。ヤバいのがヤバい。こりゃヤバい。
ピクリとも反応しない俺に業を煮やしたのか影がユラリ。
山が……動く……!?
ピンポーン
ピタリと止まる影。響き渡るインターホン。ここしかない!
再び刻み始める時間より一秒早く動き出す俺。ガバッと顔を起こすとビクリと手を引っ込めてビビる妹がオカシ。なんの手だったのかな?
いざという時の為に鍛えていた横っ飛びの応用で反復横飛び、妹を迂回。直ぐさま鍵をオープン。
「毎度ありがとうございまーす。ピザ、クックックッです」
なに笑ってんだよ。
営業スマイルだ。わかってた。
顔見知り並みに常連の俺は、この後の手順も分かっている。
「すいません、先に商品の受け渡しをさせてもらいます」
コクコクと頷き連打する俺は既に受け入れ体勢だ。バッチこい。バッチってなに?
商品を入れているカバーから出てくるピザの箱。待ってましたとばかりの俺の腕を通り過ぎて隣へ。
「ありがとうございますぅ」
隣にはいつの間にか居た笑顔の妹がピザを受け取っていた。
営業スマイルだ。わかってしまった。
「あ、えと、はい! 毎度ありがとうございます!!」
配達の兄ちゃんが妹の笑顔にやられてしまった。顔が赤い。悪の手口だ。常連は俺だ。
「えー、あー……三千五百七十円になります」
ようやくこちらを見たな。なんだその顔? 冷めてんな?
丁度の金額を手渡す。金は払ったのに物が無い。受け取りは別という搾取のお手本、マフィアの手口。
本当にそんなサービスがあったのかクーポンを妹に手渡す配達の兄ちゃん。あれれぇ? 今まで一度も貰ったことないよぅ、そんなの。
帰り際には帽子を取って丁寧に頭を下げるまでやる配達兄ちゃん。俺の時は、あざっしたぁー、と軽く頭を下げていただけだったが、しっかり教育し直したんだろう。いい店だなぁ。
バタンと閉まったドアに横目で確認した妹の表情は無表情。
今日はもうカップ焼きそばでいいです。
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