第5話 交渉
ギイイイイ……。
聖地の中心部となっている神殿にある、天界へと通じる扉。そこを開けて「天界の掃除人」が仕事を終えて帰宅の途へとついていた。
「あら、お帰りなさい。今日はどんな神様のところへ行ったんですか?」
「そうだなぁ。今日は旅の神と踊りの女神、それに……」
神殿に仕える巫女の1人が彼に話しかけてくる。今はまだ「仲が良い」程度だがそのうち互いにとって「イイ人」になるのは時間の問題と言える2人だった。
「じゃあまた明日な」
「ええ。また会おうね」
そう言って別れ、あとは酒場で1杯ひっかけるかと思い街中を歩いていると、かつての上司と再会した。
「おやおや、これはこれは『ドラゴンズテイル』のギルド長殿ではないですか。そんなやんごとなき人がどうしてこのような場所に?」
「立ち話するのもアレだから落ち着ける場所に行こう。ついてきてくれ」
そう言って先導して酒場へと入っていくその姿は随分とゲッソリやつれたように見える。
自分のスキルを熟知している彼はおそらくギルド長はストレスで随分と酷い目に遭っているのか? と勘ぐり、同時にほくそ笑んでた。
酒場に入りとりあえずエールを1杯ずつ頼んだところで、ギルド長は話を切り出してきた。
「単刀直入に言おう、お前には『ドラゴンズテイル』に戻ってきてほしい。俺の目はふしあなだった……それは認めよう。俺が悪かったよ。
もちろんタダでとは言わない。10倍だ。給料は以前の10倍出そう。今の仕事よりも報酬は高いはずだぞ。どうだ、やってくれるか?」
「はぁ~? 10倍だぁ~?」
彼は10倍という破格の報酬にまゆ1つ動かさずに言い返す。
「そうやって俺の事を取り返したい、ってことは俺の『掃除スキルLV999』には気づいてるわけだ。
神様ですらその凄さを認めるレアスキル持ちをその程度の報酬で働かせることが出来るつもりだと思ってるんですか? 桁が足りないんじゃないんですか? 桁が?」
彼は嫌味ったらしい表情と口調でかつての上司の提案を遠慮無くぶった斬ってみせた。
「ぐ……で、ではいくら欲しい? 言い値でいいぞ。好きな額を言ってくれ」
「はい? 今度は言い値で良い、と来ましたか。ふざけてるな~」
ならばと「言い値」で良いと譲歩したギルド長に、一切報いることなく彼は無慈悲なダメ出しを入れる。そこには相手の気持ちを考えているそぶりのカケラすら無かった。
「カネの問題じゃねぇんだよ。お前は俺に劣等生の焼き印を押したうえで追い出した、だから俺はお前が嫌いだ。
嫌いな奴の言う事なんて従う気なんてないし、声も聴きたくないし、顔も見たくない。ストレスの元になるからな。
そんなくだらない話に付き合っていられるほど俺は暇じゃないんだ。その程度の物しか用意できないというのなら帰ってくれ」
「くっ! ま、待ってくれ! じゃあ何が望みだ!? お前の望みは何だ!? 何が欲しい!? 何を手に入れたい!? 何でもいい! 全面的にお前をバックアップするぞ!」
10倍の給料でもダメ、言い値でもダメ、とダメ出しをされ続けたがここで引き下がるわけにはいかない。ギルド長は持てる権限をすべて使って欲しいものを調達してやる。
と最大限の譲歩をする。さすがにここまで来ると彼も態度が変わるだろう。そう踏んでの事だ。
「ほほぉ。「欲しいものは何か」と来たか。面白いこと言うじゃないか」
さすがにここまで譲歩したからなのか、さっきまでとは違って提案を斬り捨てることはしなかった。ギルド長にとってはかすかな希望が見えた気がしたが……。
「じゃあ『ドラゴンズテイル』のメンバーは
もちろんギルドには入らないし、入るつもりもない。俺を追放したことに対する報いを絶望のカマの底で骨の髄にしみるまで存分に味わってくれ。それが俺の願いだ」
通りすがりの人間からしたら、彼の方が悪役に見えるようなセリフを惜しむことなく口にする。ギルド長のかすかな希望を無残に踏みにじって見せた。
「……お前は、とことん俺の事が嫌いなんだな」
「そうだよ。俺はお前の事が嫌いで嫌いでたまらないよ。ギルド長という役職の権限を振りかざして俺の事を一方的にクビにしといたくせに、いざ困ったら戻ってきてくれ。
だなんて、よくもまぁそんな調子のいいふざけ切った態度が出来るよな? そんなワガママで身勝手なセリフを吐けるのは子供だけですよ?
大人なら俺をクビにした責任を背負ってくださいよ。一生かけて俺を追い出したことを反省し続け後悔し続ける。それが大人ってものじゃないんですか?
「吐いたツバは
「ぐぐ……くそぉ!」
ギルド長は立ち上がる。
「今回は交渉決裂でいいだろう……だがあきらめたわけではないからな。また来るぞ」
そう言ってギルド長は去っていった。
【次回予告】
彼らは必死だった。既に交渉の弾は尽き残る手は泣き落としぐらいしかない。でも彼を何とか引き止めないとギルドが空中分解してしまう。それだけは避けたかった。
最終話 「泣き落とし」
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