最終話 泣き落とし

「あれ? 何だこれ?」


 その日、ギルド『ドラゴンズテイル』の入り口にはこんな張り紙が張られていた。


『誠に勝手ながら本日より1週間、全てのギルド業務を停止いたします。1週間後には業務を再開いたしますのでお待ちいただければと思います。


 ギルド『ドラゴンズテイル』スタッフ一同』


 なぜ突然ギルドが業務を停止したのか? 理由は2つ。

 まず1つは、トップから末端の従業員までおよそ3分の1がストレスで休職してしまったから。もう1つはギルドの主要人物たちは聖都に向かっていたから。無論、彼と交渉するためだ。




「頼む! この通りだ! ギルドに戻ってきてくれ! 追い出したのは本当に悪かった! 反省してるから戻ってきてくれ!」


「君がいないとギルドが成り立たなくなっちゃうの! お願い! 戻ってきて!」


「追い出した責任はきっちりと取る! だから戻ってきてくれ! 頼む! お願いだから!」


 ギルド長、副ギルド長、受付嬢の3人はかつてギルドを追い出した「天界の掃除人」と話をしだすや否や土下座しながら頼み込んできた。




「あのさぁ、泣き落としが通じるなんて5歳児の子供のワガママぐらいでしょ? そんなんで人を動かせると本当に思っているんですか?

 マトモな大人がそんな見苦しくてブザマな真似に出て恥ずかしいとは思わないんですか?」


 それに対して交渉を持ちかけられた側は極めて冷静、いや冷酷と言えるくらいに冷たい態度だった。そこにかつて世話になった情などカケラたりともなかった。

 最も普段から誰でもできる雑用を押し付けるばかりで教育を一切してこなかったので「自業自得」と言えるのだが……少なくとも彼はそう思った。そこには怨念に似たものがあった。




「頼む! もうお前だけが頼りなんだ! お前がいないとギルドが無くなっちまうんだ! 戻ってきてくれ! 特別待遇するし給料も出せるだけだそう! だから……」


「俺がいないと空中分解してしまうギルドなんて続けても、どうせ俺が年取って引退したら潰れちゃうでしょ? だったらそんなのとっとと解散して再就職でもしたらどうですか?

『ドラゴンズテイル』と言ったら、大手とまではいかないけど中堅どころでそれなりにはくがついてるギルドでしょ?


 それならコネとか使えば再就職なんて簡単に出来るんじゃないんですか? ストレスのかからない職場なんて探せば他にも腐るほどあるのに、何でわざわざストレスのたまる職場で働いているんですか?

 あんたら全員マゾヒストか何かなの? それとも『今の職場に何があってもしがみつけ。再就職したら家族を殺す』とマフィアに脅されていたりするの?」


「そ、そんな……」


 交渉相手の冷酷極まる発言にギルド長は心底絶望したかのような顔をして彼を見る。だがギルドの将来のためにもここで引き下がるわけにはいかなかった。




「そこを何とか! そこを何とかお願いできますか!? どうかお慈悲を! どうか、どうかお慈悲を!」


 ギルド長はもはやすがりつきつつ泣きむせびながらかつての雑用係に頼み込む。そこにはもはやギルド長としてのプライドも、恥も、何もかもかなぐり捨てていた。

 彼がギルドにいないと自分たちが死んでしまう。そう、生命の危機とさえいえるほどの必死さだ。だが彼はそんな元上司が心底嫌いなのだろう、彼の頭にツバを吐いた。それでも諦めない。


「俺の事は嫌いでいい! 好きにならなくてもいい! でもお前が大事なんだ! お前が必要なんだ! 俺のギルドの存続はお前の手にかかってるんだ!

 だから頼む! お願いだ!!! 戻ってきてくれ!!!!!」


 もはや万策尽きてただひたすらすがりつくことしかできない。そんな彼に対し、天界の掃除人はギルド長の後頭部を思いっきり踏みつける。


「テメェ、いい加減帰れって言ってんのがわかんねえのか? 俺とお前とではそもそも交渉ができる状態じゃねえんだよ。話し合いのテーブルに着くことすら嫌なんだよ!」


 そういってダメ押しと言わんばかりにギルド長の顔面に蹴りを入れた。


「ううう……うぐおおおおお!! おごおおおお! おごおおおお!」


 彼はその場で崩れ落ちただひたすら顔面を涙と鼻水と土ホコリで汚し続けた。




 その後、ギルド『ドラゴンズテイル』はギルドの構成員の半分がストレスで病休したのを契機にギルドの機能が完全にマヒして空中分解。

 別のギルドに吸収合併される形でその痕跡は完全に消えてしまったという。


 一方「天界の掃除人」はそのまま神様に可愛がられることで様々な加護をもらい、また神殿の巫女の1人と結婚して幸福な生涯を送りましたとさ。

 めでたしめでたし。




【次回予告】


修学旅行の帰り道にクラス転移。

30名の勇者として世界の命運を双肩に託されるはずだったのだが、1人だけ魔族のステータスを持った裏切り者として追われる身になり、後にクラスメートに復讐する物語。


「閃きと見切りで異世界を征服する ~ロ〇サガステータスでほぼ最強だけど魔族のステータスなので人間だけど魔族の味方をします~」


第1話 「クラス召喚」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る