第41話 合同訓練。 その2


『ザー。』という雨音が響き渡っています。

悪い予想通りに雨になってしまいました。

今の私達は予定地へと足を踏み入れ野営地の天幕の中に居ます。


「雨が強いですね。」


「そうだね。このままだと長い待機時間になりそうだね。」


今はジュネスと二人で天幕の入口から外を眺めています。

他の皆はテ天幕の中で横になるなど思い思いの時間を過ごしています。


天幕と一言で言っても、かなり凄いモノです。

普通は数人が横になって寝るだけというモノをイメージするのが天幕でした。

しかし、今回張られている天幕は違いました。

大きさが半端ないのです。

直径1kmに及ぶ円形の天幕が張られているのです。

しかも、その中は区画分けされており、クラス毎に分かれたエリアにおりその中もいくつもの部屋が用意されている形なのです。

サーカス団が使う天幕がこんな感じでしょうか?

天幕の中に小さいテントが張られているのです。


「戻りましょう。」


「はい。」


私達は外の様子を伺いたかっただけですから、自分達に与えられたスペースへと戻る事にしました。

私達学生は特別待遇なのです。

新兵よりも鍛えられていませんし、将来国を背負っていく存在もいるので、この野営地の中でも中央部分にある天幕を利用するのです。


毎年、おこなわれる合同訓練なので、この野営地は外側には簡易的な堀と柵が張り巡らされています。

天幕もお互いに繋がっています。

戦争が目的ではなく訓練が目的なので、この様な感じになっていると聞きました。


建物を建てる構想もあったらしいのですが、流石にそれは訓練の域を脱しているとして造られていません。

しかし、将来的には砦が建設される事になるかもしれませんね。


「これはこれは、ルシファリオ王子殿下ではありませんか?こんな所でどうなされたのですか?」


突然声を掛けられました。

しかし周辺を見渡しても友達やクラスメイトは居ませんでした。

私が困惑していると、一人の少年がズイッと前に出てきました。

たしか、ポーラー伯爵家の方でしたか?

名前は覚えていませんね。

なにせ、一度しか会った事もありませんし、話をした事もありません。

精々が挨拶をした程度です。

名前が分からないので、無難な言葉を選んで返すしかありませんね。


「ああ。申し遅れました。ポーラー伯爵家の長男ウィズ・フォン・ポーラーでございます。突然お声掛けしてしまい不敬でしたでしょうか?」


「いえ。学生として参加している身分です。問題はありません。」


「ほぉ。左様ですか。それは良かった。いくら先が無い王族とは言え、現状では王族ですからね。不敬だと言われると困りますからね。」


「で、ウィズさん。何のようでしょうか?」


「いえ。ただお顔を見かけたので挨拶をと思った次第です。今回の合同訓練はお手柔らかにお願いしますね。」


「私は全力を尽くしますよ。」


「くっくっく。そうですか。全力ですか?くっくっく。」


何が可笑しいのでしょうか?

ウィズはお腹を押さえて笑っています。


「まぁ、入試と違って今回は正規の騎士が査定しますから、不正は無いでしょう。楽しみにしていますよ。ルシファリオ王子殿下。くっくっく。」


「ちょっと。それはどういう意味?」


笑いながら言うウィズの言葉に引っ掛かりを憶えたのかジュネスが口を挟みました。


「君は確かバリオストロ子爵家の御息女の従者だったと記憶しているのだが?」


「そうよ。カタリーナ様の従者よ。」


ジュネスの返事を聞いたウィズは驚きの顔を浮かべてから一気に険しい顔へと変えました。


「平民風情が、俺様に偉そうな口を利くとはな。バリオストロ子爵家の教育が悪いのだろうな。胸糞が悪い!平民風情が口を出すな!」


ドンっとジュネスを押すウィズの顔は怒気が含まれていました。

どうも、差別意識が高い人間の様です。


飛ばされたジュネスの後ろに入り込み、倒れるのを支え抱き上げました。

馬鹿は何処にでも居るもんですね。

私はウィズの顔を見ました。


「ひぃっ!」


ウィズは変な声を上げました。


「もう、用事は済んだみたいだね?これで失礼するよ。」


私はジュネスを抱えたまま踵を返し、ウィズの前から去りました。

差別は何処にでもあり、馬鹿は何処にでもいる。

胸糞が悪いのは私の方です。

前世での記憶が蘇ってきます。

あのツライ日々が・・・。


「あの。」


家族を失った私に対する世間の目。

絶望の淵に立たされた私の背中を押す悪意。


「あの・・・聞こえています?」


「あっ、ごめん。なんだい?」


「あの、恥ずかしいのですが・・・。」


「うん?」


「嬉しいのですけど、皆の視線が痛いというか、つらいというか・・・。」


「何が・・・すまない。」


お姫様抱っこをしたまま思考しており、降ろすのを忘れたまま私達に与えられた区域に戻ってきてしまっていました。

頬を赤く染めるジュネスの顔を見て気がつきました。

慌てて抱っこしていたジュネスを振動すら無い様にそっと地面に降ろしました。


「いえ。嬉しかったです。」


「そ、そうか。」


それ以上、何も言えませんでした。

周りにはクラスメイト達が集まってきました。


「どういう状況?」


「えっと、助けて貰ったみたいな?」


「なになに?」


ニヤニヤしたクラスメイト達からジュネスは質問攻めにあっています。

チラチラと私を見るクラスメイト達。

こういう時は沈黙が金でしょうね。

恥ずかしい行為をしてしまったのは事実です。

そそくさと私は自分にあてがわれたテントへと入りました。

気をつけなければいけませんね。


それにしても、あまり良い感じではありません。

ウィズ・フォン・ポーラーの様な差別意識を持つ貴族が居る以上、注意が必要でしょう。

どの様に対処するべきか、今から考えておく必要がありますね。

彼の顔は憎悪に彩られていましたから。

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