第31話 ブラームス・キホーテという名の勇者。


身体を白い保護膜が彼を包んだ。


本日二回目となる保護膜発生に彼は愕然とした。


いや愕然とする前に、驚きで一杯となった頭を整理する事で忙しくなった。



「なぜなんだ?一体何をされたんだ?」



彼にはどうして今の状態になっているのか、理解できなかったのだ。




◇◇◇◆◇◇◇




『『『『『おぉぉ!』』』』』


『素晴らしい!勇者の称号を持つ者がこの村から誕生するとは?!』



フリーア王国の自然に囲まれた人口300人程度の村であるキホーテ村が彼の産まれ住んだ場所だった。


彼はマズしい農家の三男としてこの世に生をうけたのだ。


名前をブラームスといい、ブラームス・キホーテが彼のフルネイムとなる。


キホーテ村のブラームスという意味だ。


なので、キホーテは苗字ではない。


彼の住むこのフリーア王国においては7歳になると全員が鑑定持ちによる鑑定を受ける事になっている。


優秀な人材を埋もれさせない為におこなわれている国の施策の一つだ。


ブラームスも例に漏れず、この鑑定の儀式を受けた。


そして、発覚したのが勇者の称号であった。


そこから彼の人生は変わった。


それまでは貧しい農家の三男という事もあり、このまま稼業の手伝いをして一定の年齢になれば村を出るか自分の農地を開拓しなければならないか、どちらにしても貧しい生活を送らなければいけない境遇にあった。


それが、180度の変化を見せたのだ。


先ずは家族全員がキホーテ村を治める貴族に呼ばれ、父がその貴族により新たな広大で肥沃な土地を与えられ、大量の金を下賜された。


そしてその貴族のススメにより、ブラームスは勉強をする事を奨められ、王都にある学院に行く事を決められたのである。


そこからは貴族の雇った家庭教師がつき、ブラームスは教育された。


身なりも貴族によって整えられて、色々なモノを投資として与えられたのである。


ブラームスは家族から離れ一人貴族の住む街の館に住まわされ、徹底した英才教育を受けさせられたのである。


街に出ると、女の子がキャーキャー言って近づいてくる。


ブラームスは勉強を苦手としたが、武術や魔術の上達は速かった。


学園に来る前には貴族が雇った家庭教師に負けない程の実力を持つに至ったほどだ。


そんな状態で有頂天にならない方がおかしいのかもしれない。


そうなると、徐々に訓練やスパルタ教育を本気で受ける事にならなくなる。


どうせ、家庭教師より俺の方が強い。


そう思うと、やらなくなってしまうものだ。


それに、街に出れば寄ってくる女の子が沢山いる。


ブラームスは訓練に身が入らなくなっていった。


俺は勇者だから。



そして自信満々で臨んだ学園入学試験。


そこで筆記の一番は無くとも武技や魔術の成績は自分が一番になると思っていたのだ。


それが蓋を開けてみると、自分より高い評価を得た学生が居たのだ。



「なんで、俺が王族なんかに負けるんだ?」



貴族の生活を垣間見ただけのブラームスは王族に負けた事が納得いかなかった。


貴族の全てを見た訳でもないのに。


王族だから贔屓されたのではないか?


王族だから問題や試験内容を知らされていたのではないか?


じゃないと、この結果はあり得ない!


そういう結論に至ってしまったのだ。


いつか、実力を分からせてやる。




入学早々にその機会が巡ってきた。



『模擬戦をおこなう。』



担任のその言葉に強く反応したブラームスは手を上げた。


相手は王族で第十三王子だという。


絶対にボコボコにしてやる。


そう思って望む事になたが、自分の実力が他より高い事を疑っていなかったブラームスはクラウディア先生の特別訓練も身が入らなかった。


(俺より弱い奴の言う事を聞いて強くなる訳はない。)




『ビー!ブラームスは戦闘不能!退場!』



その音が訓練場に鳴り響き、自分の身体が防護膜に包まれていくのを納得いかずにいた。


(クソ!足手まといが一杯いるからだ!)


(まともに戦わないアイツはウザい!!)


(どうせ、たるんだ生活をしてきたのだろうに!俺より弱いくせに!!)


(からめ手でやられるなんて!あり得ない!!)


ブラームスは自分が戦闘不能に陥ったのは弱い仲間の所為だと結論した。




『アンタも見ただろう?絡めてばかりでまともに戦ってもいねぇ。俺は自分より強い奴じゃないと認めれねぇ。』


『ほぉ。じゃが負けは負けではなかったかのぉ?それにお主は早い段階で退場になっておったであろう?』


『ぐっ!でも俺は一対一で負けた訳じゃない!足手まといが居なければ負けてない!』



そう言って無理矢理一騎打ちに持ち込んだ。


なぜか、副担任のベーク先生はニヤリとしていたがそれにも気がつかずに。



『わかりました。良いですよ。』



あっさりと承諾した第十三王子を見て、馬鹿な奴と思った。


そして場所を代え、自分は装備も代えて挑んだ一騎打ちだった。


負けるとは一切思っていなかったのだ。



『では、始め!』



その声が聞えたと同時に、ブラームスの視界から第十三王子は消えた。


『えっ?!』っと思った瞬間には音が鳴っていた。



『ビー!』



そして彼は防護膜に包まれた。




◇◇◇◆◇◇◇




俺は負けたのか?


ルシファリオの動いた姿は見えなかった。


そもそも、見えたとして反応できたのだろうか?


何か特別なモノを持っているのか?


いや、ルシファリオには特別な称号など無いハズだ。


あればクラウディア先生が教えてくれるはずだし、そもそも王族に凄い称号などがあれば発表されるはずだ。


なら、アイツはそれだけの訓練をしているという事なのか?


王族なのに?


神様、教えてくれ!!


俺が勇者で良いのか?!


彼みたいな存在がなるべきじゃないのか?


ブラームスは、強く強く神に問いかけた。


『迷える私の勇者よ。彼はただ愚直に己を鍛えただけの者。特別な有能な力は持っていません。ただ、貴方は斬られただけです。見なさい。』


『えっ?』



ブラームスの頭にはルシファリオが日々鍛錬している風景が映し出された。


雨の日も風の日も雪の日も彼は訓練していた。


それも常人がやるようなモノだけでは無かった。



『嘘だろ?』


『彼は彼の使命があります。私の勇者よ、彼に勝ちたければ、自分のおこないを見直し、自分を鍛えなさい。彼が貴方を導いてくれるでしょう。またお話しできる事を楽しみにしていますよ。私の勇者よ。』


『ちょっと待ってくれ!』


返事は無かった。


たしかな繋がりを感じた存在を今は感じる事が出来なかった。


神の啓示。


そう考えるしか無かった。


そうか俺は負けたのか。


しかも思いっ切り負けたんだな。


圧倒的な差がルシファリオと自分との間にあるのだと理解した。


今はそれだけで良かった。


俺は負けた。


圧倒的強者に負けたのだ。


実力が足りないだけなのだ。


何が勇者だ。


勇者である自分は人よりも更に頑張らなければいけない。


誰よりも強いからこそ勇者だ。


その為には、やらなければいけない事がある。


それに、同い年のルシファリオがあれだけ強いんだ。


俺も頑張れば、もっと強くなる。


ブラームスはそう結論付けた。

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