第28話 模擬戦 その5


風が変わりました。


山に吹き上げていた風が、山から吹き下ろす風に変わったのです。



「そろそろかもしれません。注意を。」



生物が察知する能力として色々あります。


視覚・聴覚・触覚・味覚・臭覚・直感にこの世界にある魔力に対する感覚を魔覚と言いますが、臭覚は人間でも魔物でも高い感覚です。


その臭覚を気にするならば、この風向きは利用するハズです。


周囲に神経を飛ばします。



「モノが届きました。」



そんな中でジュネスが突如報告してきました。



「そうですか。では拝見しましょう。」



カタリーナが頷くと魔法の行使をします。



「ディスペル!」



今回は魔法具の使用による解除です。


発動と同時にカタリーナを中心として魔力の波が外へと向かって流れていきました。


頷き合ったデュークとグレーテが抜刀し天幕から飛び出します。


私もそれに続いて天幕の外へと出ます。


天幕と言っても後ろ以外は見晴しが良いように設置したモノですから見えない訳ではありません。


キィーン!という金属と金属のぶつかり合う音が響きます。



「やるねぇ。」



「ちっ!」



忍者のチヨさんにグレーテが斬りかかっています。


その横では、デュークが武士のモリトキ君と睨み合いをしています。


幻術士のモーテル君は彼等の後ろにて肩で息をしています。



「忍者っていうのはそんなもんかい?」



「ぬっ!」



グレーテが挑発するとチヨさんは言葉を返しませんでしたが、ムッとした感じが見受けられました。


デュークとモリトキ君は睨み合ったまま、距離を詰める事なくお互いを牽制しています。


私のやる事は決まりました。


私は二つの戦いの場の中央を自身の最速のスピードで走り抜けます。



「なっ?!」



「ちっ?!」



「よそ見している暇があるのかい?」



「余裕だな。」



一瞬だけチヨさんとモリトキ君の注意が私に向きました。


それは均衡した相手に対峙している時にして良い事ではありません。


案の定、グレーテとデュークはそれぞれ対峙している相手に鋭い攻撃を放ちました。


私はそれを横目に見ながら目の前にいるモーテル君に接近し切りつけます。



「三段斬り!」



敢えて武技名を言葉にして発動します。


もちろん無言でも発動する事は可能ですが、言霊効果は魔法だけではなく武技にも影響します。


私の三つの斬撃をまともに喰らう形になったモーテル君は防御する間もなく被弾しました。



『ビー!モーテル君は戦闘不能判定!退場!』



「くそっ!」



「はやい!!」



「また余所見かい?」



「ふん!」



退場アナウンスによりチヨさんとモリトキ君は焦りを見せました。



「悪いけど、本領発揮はさせないよ。」



「えっ?!」



『ビー!チヨさんは戦闘不能判定!退場!』



「チヨ!おのれ!!」



「注意力が無いな!」



「ぐぉ!」



モリトキ君がチヨさんの退場アナウンスで激昂するタイミングでデューク君は武技を発動しました。


あれは兜割りですね。


大剣を使うデュークにぴったりの技です。



「ぐぉ!」



「悪いね。君も本領は発揮させない!」



私はデュークの武技を辛うじて受け止めたモリトキ君の後ろから武技を叩き込みました。



『ビー!モリトキ君は戦闘不能判定!退場!』



苦々しい顔をしたモリトキ君もチヨさんやモーテル君同様に保護膜に包まれました。



「上手く行きましたね。」



「はい。それにしてもあのスピードは何ですか?」



「そうそう。あれは速すぎるね。」



「訓練の賜物です・・・かね?」



「韋駄天とかのスキルでは?」



「いや。違うよ。」



「そうですか。よほど厳しい訓練なのでしょうね。」



「まぁ、そんな所かな?それよりごめんね。本当はちゃんと戦いたかっただろうに。」



「いえいえ。」



「理由を理解しているから問題ない。」



チヨさんとモリトキ君が本領を発揮してもグレーテとデュークなら後れを取る事は無かったかもしれないのです。


しかし特殊職業である忍者と武士を相手に油断する事や、ゆっくり相手をするのは危険です。


何せ、その二つの職業は特殊であるが為に情報が足りないのです。


そんな状況で危険は冒さないと決めていたのです。



「全員残って勝つ。でしたね?」



「ああ。それが今回の私達のミッションです。」



ハナから負ける事などこれっぽっちも思っていなかったのです。


もちろん、それは油断をする事ではありません。


沢山の情報を手に入れキッチリと作戦を立て勝つ方法を探し出した結果で決めた事なのです。



「これが情報を制するという事なんです。」



「なるほど。」



「『敵を知り、己を知れば百戦危うからず。』でしたね?」



「そうです。」



王子だからとか貴族だからとか関係ありません。


ですが、その考え方は既に身につけられてしまっているのです。


ですから平民出身の彼等を本当の意味で仲間とするなら、勇者を叩き、圧倒的な完勝をする必要があると考えた私の勝ち方なのです。


もちろん、真正面から戦い勝つ事も時には必要です。


そんな戦いだけで済むならこの世界は直ぐに平和になっていたでしょう。


ですが、そんな理由で仲間を失って良いハズがありません。


少しでも勝つ確率を上げ、少しでも生存率をあげる勝ち方を模索する必要があります。


それが、指揮官の使命であり、責任者が負うべき責務だと私は思うからです。


その為には非常な手段を必要とする事もあるでしょう。


しかし、死んだ命は戻りません。


出来得る限りの命を守り勝つ。


それが出来れば、一番いいハズです。


戦わなくて済む事がもちろん最上ですけどね。



「では、最後の本陣攻略戦に向かう準備をしましょう。」



「「「「はい!」」」」



予定通り事が運んだ私達は合図を送りました。

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