第33話

 寝ないのなら、とことん付き合うまで。

 酒類、つまみ、お弁当等々。買ってきたものを袋から出していく。

 テーブルの上が埋まったころ、袋の中も空っぽになった。

 自分で買ったにしても、ずらりと並んだ酒類の多さに、呆れた。

 一人なら半月ほどはもつだろう。


「何から飲む?」

 対面に座った杉山に聞く。

「じゃあ、ビールで」

 小さい声だ。

 硬直してから様子がおかしい。

 ビール缶をあけると、プシュッと気が抜ける音がした。


 杉山のグラスに注ごうと缶を傾けたとき、ぼたりと何かが落ちた。

 

 その落ちてきた先を見て慌てた。

「えっ、おい!」

 手元がぶれ、ビールがテーブルの上にこぼれる。

「おっと」

 缶を置き、グラスの周りのものをよけると、杉山を見た。

 グラスからこぼれ落ちる液体を見ているのか、気泡を見ているのかよくわからない。

 流れおちる涙はとめどなく、頬を伝っている。

 これほど綺麗な泣く姿を見たことがなかった。


 指ですくい上げ、手のひらでグイっと拭きとる。

 頭をわしわしとかき混ぜるように撫でた。

「すみません、もう限界で」

「寝てないからだろ」

「……、ああ。なるほど。気持ちの制御ができなくなっているわけですね」


 希薄に笑う杉山の隣に移動する。

 あぐらを掻き、自分の膝を叩いた。

「え?」

 まだ、涙の残る目で隼大を見た。

 戸惑う杉山の肩を抱き膝の上に寝ころばす。


 上から見上げる杉山の目が大きく見開かれた後、顔を隠すように太股に顔をつけた。

「川浪さん、わかってますか?」

「ん?」

「さっきから、なんなんですか。好きと言ったのはぼくですけど、なんでそんなに優しいんですか。勘違いしますからね」

 何が、とは聞かなかった。

 胸の内が静かで、満ち足りている。

 愛おしさに頬がゆるむ。


「わかっている」

「ぼくは川浪さんの側にいたいんです。近くにいたい。ぼくは……川浪さんが思っている好きとは違ってても、側にいてもいいんですか」


 顔を押し付けられている太股が濡れていく。

 返事の代わりに慈しむように、そっと頭を撫でた。

 今まで押さえてきたものを吐き出すかのように、声を上げず肩を震わせ泣く杉山。何かに耐え、押し殺してきたものがあれば、吐き出してしまえばいい。


 手にその思いを込め、泣き止むまで撫で続けた。

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