第31話
座った重みでソファが沈む。杉山の頭が微かに上がる。
緊張の糸が見えるようだ。けれど、言うことなど決めていなかった。
何と続ければいいかと考えていると、耳の赤さが目に入った。色が白いだけに朱が目立つ。
衝動的に触れたい気持ちが湧いた。
伸ばしそうになる手を引っ込め、口を開いた。
「赤いな」
「……、み、見ないでください」
もっと縮こまり、手で耳を隠す杉山は、颯爽としている普段の姿と重ならない。
昼間、女性たちにピシリと言っていたのは、本当に同一人物だろうか。
それに――。
「今の状態をあの女性たちが見たら、もっと人気が上がりそうだ」
キャーキャー騒がれている杉山を想像する。
「こんな姿じゃ騒がれませんよ。それに、普段はなりませんから」
悶々とするような声でそう言い、すくっとソファから立ち上がるとキッチンの方へ向かった。
「川浪さん、食べましょう? グラス、取ってもいいですか?」
こちらを見ないで言う杉山に「ああ。けど、ほとんど使っていなから、洗った方がいい」と返事をした。
「わかりました。任せてください」
少し浮上した声が棚の扉を開ける音と一緒に聞こえてきた。
しかし、棚に入っているグラスなんて数えるほどしかない。来客用に買っておく必要もあるか。とも考えたが、杉山のような物好きしか来ないだろうと思い直した。
昨晩のように缶のままでもいい。けれど、生暖かい部屋では、氷を入れた方が美味いだろう。
立ち上がり、グラスを洗っている杉山の隣に立った。
その手元を覗き込むと、赤みが消えた顔をこちらに向けた。
「なんだ、もう普通か」
からかうように言うと、水を止めた杉山の真剣な眼差しが隼大を捉えた。
「川浪さん、わかってないですね。どれだけぼくに影響を与えてるってことを」
「え?」
やっぱりという顔をする。
グラスを水切り台に置き手を拭くと、隼大に向き直った。
「今、川浪さんに嫌いと言われたら、きっと立ち直れない。部屋から出れません。そのくらい、好きみたいです」
意志を持って向ける眼差しを避けことはできずに、段々と朱を帯びていく顔をただ見ていた。
ドクっと脈打つ。鼓動が早い。
なんと答えればいい。どう捉えればいい。
これは告白なのかどうなのかさえわからない。
『好き』と言った杉山の言葉がぐるぐると頭の中を回る。
回るだけで、解答はでない。
そんな隼大を見て、緊張を取り払うように、軽く息を吐き、
「いや、あの。もう、取り敢えず食べましょ」と、儚げな笑みを浮かべて言った。
そして、グラスと一緒に洗ったお皿の水気をティッシュで軽く拭き終わると背を向けた。
憂いを帯びた顔。儚げなその背。気がつけば、手を伸ばしていた。
「ち、ちょっと待った」と、咄嗟に杉山の腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。
ガチャリとお皿が擦れ合う音がした。
「あっ」
バランスを崩した杉山が後ろへ下がる。
引き寄せた隼大の胸にぶつかり、胸の内に受け止める形となった。
振り向く杉山とまともに目があった。
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