第30話

 手触りのいい滑らかな頬は少し冷たい。

 手に体重をのせたまま、口を閉じた杉山。

 隼大から見ても美しく映るその容姿。

 人知れぬ苦しみ、美貌ゆえの苦悩もあるのだろう。


 涙袋の下にできている隈をそっと親指でなぞった。

 それが合図となったように目を開けた杉山を見て、ああ、と思う。

「本当に、オレに触れられても平気なんだな」

 声はなく、頷く。

「今日は、聞くから。溜まったもの吐き出していけばいい」

「川浪さん」

「ん?」

「抱きしめてもらってもいいですか?」

「はいはい」

「はいはいってなんですか。もうちょっと……」

 先を言わせる前に、頬から首筋へと滑らせる。掴んでいた手首を放すと、背中に回しそっと抱きしめた。

 すると、またあの香りが鼻腔をくすぐる。

 強い香りではない。


 それは、実家を思い起こさせた。

 懐かしい記憶。


 腕の中の杉山は、じっとしていた。

 ふと、身じろぎ一つしないことを不思議に思った隼大は、回した手で背中を軽く叩き、「杉山?」と声をかけた。

と、目に留まった耳が赤い。

 どうしたのかと、顔を覗き込むと、頬が赤い。

 とっさに熱だと思った。

 寝不足なのに、トラブルやらで無理をしたせいかも知れない。

 手をおでこに当て「大丈夫かと」声をかけた。

 その杉山は「大丈夫じゃないです」と言う。

 手のひらからは、ほんのりとした暖かさが伝わってきた。


 熱はないが、本人が大丈夫じゃないというのだ。慌てて、身を離し、近くのソファへと座らせた。


 杉山は、両手で顔を覆い、膝に肘をついた体制で、大きく息を吐いた。

 その姿からすると、もしかすると触られることに耐えられなかったとか。


 他に原因はないかと思いを巡らせた。

 

 昨日からの杉山の行動を思い返すと、思い当たる節があるにはある。

 そうだとすれば、どうだというのだ。

 合っているとは限らない。認識が間違ってがいるなら、自意識過剰というところだろう。

 『試しているのですか』と問われた時、泣くことかと思っていたが、もしかしたら、こっちの意味だったのだろうか。


 隣に座り「杉山」と声をかけた。

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