第22話
杉山と目が合い、手をあげた。それに、気づいた堂岡が応えるように手をあげる。
応えてくれる相手が違うと、手を左右にふると、堂岡は、手のひらをこちらへと向け、左右に振った。笑顔まで付けて。
苦笑していると、隼大の方へやってきた。
「珍しいじゃないか、手を振ってくれるなんて」
そう言いながら、まだ手を振っている。
「堂岡に、じゃない。杉山に振ったんだ」
「俺の方が付き合い長いのに」
ちぇっ、とふくれる堂岡をスルーして、後ろに立つ杉山へと目を向けた。
目が合うと笑みが返ってきた。けれど、どことなく疲れが見える。昨日ほとんど寝ていないのが原因だろう。
「大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
杉山の声には張りがあった。その声に安堵していると、
「何が、大丈夫なんだ? どこか、体調が悪いのか?」
堂岡が杉山を覗き込んだ。
「いえ、寝不足を心配されただけですから。風邪とかじゃないです」
「……ほう。寝不足、ね」
一瞬、考えた素振りをしたあと、
「今朝、一緒に出社したのと関係ありか……?」と、隼大を伺うように見た。
「ああ、昨日、杉山と飲んだんだよ。それで、と――」
泊まったと言い終わらないうちに、杉山が隼大と堂岡の間に入った。
「ぼくの寝不足のことと、仕事は別ですから。要件があったんですよね。おっしゃられていた用紙はどこですか?」
「え、ああ。用紙な。でもさ、杉山。俺は気になる」
じっと杉山を見つめる堂岡の腕を押し、
「堂岡さんが気にすべきは、ぼくじゃなくて、新規参加企業への書類の方です。ぼくはそれを受け取ったら会社を出ますから」と言い、早くしてくださいとばかりに、堂岡を追い立てた。
その堂岡は、眉をひょいと上げると、隼大のいる席から離れていった。
「川浪主任」
隣の席の女性スタッフから声がかかった。
「杉山さんと飲みに行かれたんですか?」
「あ、ああ」
「いいな。一緒に飲みに連れて行って下さいよ」
「そうですよ」
隼大が口を出す間もなく、次々に口を開いていく女性陣。
先ほど、『泊まった』と言おうとしたのを杉山があえて遮ったのだとしたら、あまり言わない方がいいのだろう。
「主任、杉山さん、誘って行きましょうよ」
期待の目で隼大を見ている女性スタッフに愛想笑いを返す。
「そういった交渉は、堂岡に頼めば?」
「堂岡さんに何度もお願いしたんですよ」
「でも、杉山と飲みたいんだったら直接頼めの一点張りで。堂岡さんは杉山さんと飲みに行ったりしてるのに、頼んでくれないんですよ」
「そうか」
「だから、主任、お願いします」
ニッコリと笑い手を合わせるスタッフ。
「俺の場合、飲みにといっても家飲みだから誘うのは無理だ」
「……!!」
女性スタッフたちは、一瞬目をぱちくりさせたあと、お互に顔を見合わせ、
「家飲みですか!!」
と、いう声が社内に響いた。
彼女たちの声に社内にいるスタッフ、堂岡と杉山もこちらを顔を向けていた。
「尚更どうして、私たちも誘ってくれないんですか?」
諦めさせようと思って言ったことが、逆に彼女に火をつけたようだった。ギラっと獲物を狙うような目で隼大を見る。
キッパリと断ろうと口を開きかけた時、会話に入ってきたのが堂岡だった。
「そうだ! この俺を指しおいて二人だけで家飲みするなんてズルいぞ」
悔しそうな顔をして、近寄ってきた。そして、杉山の肩を持つと、
「俺とも家飲みするか」と言った。
杉山を見ると、完璧な営業スマイル。
困っているのか、そうでないのか分からない。
「仕事中ですので、仕事終わりのことは終業後にお聞きします」
そう本人から言われてしまっては、女性スタッフたちは何も言えず、仕方なさそうな顔で座り直し、各自の業務に戻っていった。
「川浪」
堂岡に呼ばれて、顔を向けると、目線で扉を示した。
フッと息を吐くと、ワークチェアから立ち上がりオフィスを出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます