第23話

 喫煙室に入ってきたのは堂岡一人だ。


 センターで分けた髪の毛をかき上げた後、肩を回している。

「杉山は?」

「外回り。何飲んでんの?」

 隼大に背を向け、自販機を見ながら聞いてきた。

「カフェオレ」

「カフェオレね。じゃあ、同じにしよっかな」

「……」

 堂岡の独り言には、言葉を返さずに、カフェオレを飲んだ。

 苦いようで甘い。


 口の中に残る甘さに顔をしかめていると、隣に堂岡が移動してきた。

 両手でカップを持ち、テーブルに肘をかけて体重を乗せた。

 しばらく沈黙が続いたあと、堂岡がボソッと言った。


「落ち込んでいないか?」


「え?」

 堂岡は、体を起こし、カップに口をつけている。

 落ち込んでいるかと問われると、落ち込んでいるのだろう。


 何気ない一言で注目を浴びてしまう。杉山の人気、それに伴う気苦労も少しだけ察した。ため息をつく代わりに、カフェオレでそれを胃の方へと流した。


「そう見えるか?」

「まあな」

「なんで呼び出した」

「そうピリピリすんなって。さっきの事で何か言おうっていうんじゃない。頼もうと思って呼び出したのさ」

 何を言うのかと眉が寄る。



「川浪、あれは大きな見かけによらず、大きな闇を抱えているようにみえるんだ。聞き出そうと思って、半ば強引に飲みに連れていったけど、俺じゃなんともできなかったよ。聞き出してやることもできなかった」

 一度区切ると、一口飲んでから言った。


「お前ならできるかもしれない」と。


「どうしてそんなことが言える。さっき空気読もうと思って滑ったし――」

 見てただろ、と目線をくれるとフッと笑った。


「隠そうとしないお前がいいのかも知れない。俺だと、うまくごまかしてしまうけど、お前は誤魔化さない。頼れるというか、信頼があるんだろうな」

 堂岡は顎に手を添え、考えるような仕草をした。


「杉山とはそれほど、会話してない。信頼なんてあるのか?」

「分からないけど、俺が信頼してる」

 二ッと笑って言う。


「お前に信頼されても仕方ない」

「ひどっ」

「ウソだよ」


 ハハハと乾いた声で笑う堂岡。川浪は、カフェオレを口に含んだ。


 信頼してくれていたのか。

 同期として一緒に働いている期間は、数か月ではない。数年だ。

 けれど、堂岡の口から信頼という言葉を聞いたのは初めてだった。

 口元が和らぐのが自分でもわかった。


 逆に、自分自身は堂岡を信頼しているのだろうか。自問してみる。その答えは、イエスだ。本人に言わないのは、喜ぶ顔がなんとなく悔しいのだ。ひねくれていると思う。素直なのは堂岡の方だろう。そんなことを考えながら、カフェオレを飲み下した。

「俺さ」と、堂岡がつぶやくように言う。

「あいつを見てると、息苦しいんだ。なんとかしてやってくれ」

「よく見てるんだな」

「お前のことも見てるんだぞ」

 心配していると言うように、眉間にしわが寄っている。


 こんなに、分かりやすいのに、どうして分からなかったのだろうと苦笑した。

「そうみたいだな。イメージ変わったよ」と言うと、パッと顔が明るくなった。耳があるならピンっと立っているはずだ。


「だろ、もっとイメージアップしてもいいぞ」

「今のでダウンした」

「いや、上げて」


 堂岡の情けなさそうな顔が笑いを誘った。

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