第19話

「さっきの女の人、可愛かったな。もしかして、タイプだったりしたか?」

 からかい口調で言うと、形のいい眉を寄せた。

「そんなんじゃないです。それに、ぶつかっただけで赤くなんてなりませんよ」

淡々という言葉には、嘘が含まれていなさそうだ。


 そうなら、なぜ赤くなったのか――。


「……。そうか?」

 もう一度、確認のため聞くと、

「そうですよ」

 素っ気無い、一言で返されてしまった。

 こめかみをカリカリと掻く。

「ふーん」

「納得してないですね」

 杉山は軽く目を細めて言った。

「そりゃな。だって、好みのタイプにぶつかってこられたら、赤くなるだろ」

「それは同感です」

「じゃあ、タイプってことでいいんだな」


「もう――」


 杉山が言いかけた途端、電車がすれ違う音で声がかき消され、何と言ったのか聞き取れなかった。

「ん、何て?」


 問い質すと、なんとも言い難い顔をした杉山が大きなため息をついた。

 その後すぐ、下車する駅に着いたため、隼大はその答えを聞きそびれてしまった。



 下車する駅に人の波に押されるように電車から降りた。すし詰めの駅構内から我先に出ようとするように早足で進む人。

 通勤通学の時間に遅れないように急いでいるだけかも知れない。


 密集さに息苦しさを覚える。


 いつもなら、それに耐えながら人波が切れるまで我慢するのだけれど、前を歩く彼の黒髪が目に入った。

 ふと、先ほど彼からふと嗅ぎ取った匂いが思いだされた。

 人波が少なくなってきたところで、隣に並ぶと声をかけた。


「なあ」

 杉山が、こちらを見た。

「香水、つけてるのか?」

「つけてないですよ。何か匂いますか?」

 焦った顔をした。

「いや、甘い匂いがして、な」

「あ、甘い、ですか?」

「いや。悪い。聞かなかったことにしてくれ」

「え、いえ」


 何を聞いているんだ。

 そんな胸の内の声が聞こえてくる。

甘いって。

 そんな事を言われても嬉しくないだろう。

 現に、表情は隠しているけれど、どことなく落ち着かない顔だ。

 

 頭を軽く降り、意識を逸らすように、当たり障りのない話題を振った。


 駅構内を抜けると、視界が開けた。

 雲一つない空が見える。


 一人ではない、隣を歩く杉山をちらっと見た。昨日までは、顔見知り程度だったのに、一緒に出社している不思議に、ふっと笑みが漏れた。


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