第17話
「お願い? 何だ、もう出ないといけないから手短にな」
隼大は、扉の前で、視線の合わない杉山に体を向けた。
「相談、本当に聞いてもらえますか?」
「ああ」
「じゃあ、今日泊ってもいいですか?」
杉山は意を決したように顔を上げて言った。
隼大は、意志の強い言い方に、昨日の杉山を思い出して、噴き出した。
「ふっ、あははは」
「人がせっかく勇気を振り絞って言ったのに、笑わないでください」
「悪かった。俺も杉山が隣にたら寝られるのか、もう一度確かめたいし、泊まりに来たらいいさ。ただし――」
「ただし?」
否定されるのかと、杉山は一瞬、体を強張らせた。
「今日は着替えとか持ってこい」
杉山は目を見開いた後、パッと顔を明るくして、「はい」と言った。
隼大は、冷蔵庫から昨晩買ってきていたミネラルウォーターを二つのグラスに注ぎ、一方を杉山に渡した。
冷たさが喉を通り、胃に染みる。隣にいる杉山の飲む音が聞こえる。
冷蔵庫は空っぽ。食べるにしても、つまみしかない。いつもなら、コンビニに寄って携帯食で済ませるところだが、そんな時間もなさそうだ。
杉山には悪いと思いながら身支度だけ整えて、部屋を後にした。
玄関を出て、駅構内へと急ぐ。
昨日の夜はまばらだった人も、朝ともなれば人で溢れていた。
学生に通勤だと一目でわかるスーツ姿の男性や女性。暗闇では見られない色が駅構内に溢れている。人の波に押されるように、駅構内の通路を移動し、改札を抜け、プラットフォームへと立つ。
後ろをふり返ると、あくびをしている杉山の姿があった。
目が合うと、バツの悪い顔をした。
「すみません」
「俺こそ悪かったな。寝不足で当然だろ。実はオレも眠い」
杉山のあくびにつられ、あくびを嚙み殺した。
眠れたといっても、数時間。
スッキリとまではいかない。まだ寝足りない。
もし仕事がなく体が赴くままに寝ていたら、どうなっていたのだろう。
体は軽く感じたのだろうか。気持ちも爽やかに感じたのだろうか。
頭が重く、一枚の薄いベールがかかったようにハッキリとしない朝とは違った気持ちで迎える事ができるなら、心行くまで睡眠をむさぼりたい。
じっと、杉山を見た。
睡眠不足からか、目の下に薄っすらと隈が出来ている。
「何かついてますか?」
慌てて顔を手で触りながら聞いてきた。
「隈が出来てるな」
「川浪さんもですよ」
じっと見返され、居心地が悪くなって目を逸らした。
見られて気づいた。見ている側だと気づかない居心地の悪さ。じっと不躾に見てしまって悪かったな――。
隼大は頭をかいた。
「それだけですか?」
「……」
杉山は、もっと別の何かがあるのではないかとこちらを伺い見ている。
あるにはある。
(それはオレの欲だ)
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