第16話

「……さん。か……さん」

 微かに聞こえる声と、揺れ動かされる振動。

 自分の隣に誰かがいる。


 そんなはずはない――。


 違う。そうだ――。

 隼大は、勢いよく体を起こした。


「お、おはようございます」

 杉山が伺い見てきた。隣に座る杉山は――。


「正座か」


「はい。なんとなく」

笑みが漏れる。

「今何時だ?」

「六時半ぐらいです」

「もしかして、寝ていた……」

「はい」

 答える杉山は嬉しそうに笑っている。

「そうか」

 どうやら、あれから目を閉じている間に寝てしまったらしい。


 意識が途切れる前、隣で寝ている杉山の寝息が聞こえていた。

 その寝息のリズムに合わせていると、心地よく、そのまま寝てしまった――ということか。

 そんな自分が信じられず、伸ばしている足先をぼんやりと見た。


「寝れた、のか――」

「はい」

 その声に、顔を上げた。


 焦点の合っていなかった景色が、ハッキリと見え、その先にいるのは杉山だ。

 優い眼差しに笑みを返す。

「薬は?」

「飲んでいないよ」

「ほんとですか?」

「ウソ言ってどうする」

「おめでとうございます」

 

 おめでとうと言う割には、よそよそしさを感じた隼大は「どうかしたか?」と聞いた。


「え?」

「もっと喜んでくれるかと思ったんだけど?」

それを聞いた杉山の眉頭にしわが寄った。


「いえ、起こしてもよかったのかと……。折角寝られたのなら、起こさない方が良かったんじゃないかって」

「いやいや、起こしてくれていいんだ。じゃないと、遅刻してしまうからな」


 隼大は、ベットから立ち上がると、杉山の肩に手を置いた。


「あの時、杉山が言っていなかったら、一生、寝れないかと思っていたかもしれない。ありがとな。それに、杉山、何か悩んでる事があるなら相談にのるよ」


 杉山は、少し目を見開いた。


「どうして、悩みがあるって思うんですか?」

「俺に憧れるっていうからさ」

「それだけで?」

「憧れっていうのは、自分がそうなりたいと思うから、憧れの対象が生まれるわけだろ? だったら、そこに、今の自分と憧れの対象となる他人との誤差があるはずだ。簡単に言うと、今の自分に不満があるんじゃないか。そう思っただけだ。違っていたらスルーしてくれ」


 肩に置いた手を二回、軽く叩いて、寝室から出ようとすると「川浪さん」と、呼び止められた。


「ん?」


「お願いがあるんです」

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