第15話

 杉山は自分の頭に乗った隼大の手を降ろした後、誰もいない隼大の隣を指さした。

 誰もいない隣。あると言えば、空間だけ。


 隼大は、自分の隣を杉山と同じように指をさした。

「ここか?」

「はい」

 ニッコリと微笑む杉山は満足そうだ。

 こんな、何もない隣がいいのだろうか。


「誰もいないからな。いいぞ。けど、本当に寝なくていいのか。徹夜明けのオールに行って、そのまま仕事するようなもんだぞ」

 心配になって言うと、自信たっぷりに「大丈夫です」と返ってきた。

「若いからな」

「だから、川浪さんも十分若いですって。それに、疲れとか感じませんし。こうやって話をしているだけでも十分なんです」

 ふんわりと笑む顔は、お世辞を言っている感じはなく、本当に満足そうだ。

 睡眠よりもこうして話している方がいいということだろうか。


「杉山がいいなら、いいが。とにかく入れ」

隼大は杉山を部屋に招き入れた。


 寝るだけに使っている寝室は、ソファーもなければ、TVさえない。無機質のシンプルな部屋だ。

 徹夜しても大丈夫と言ってはいるが、疲れは少しでも取っておいたほうがいいだろう。

「寝ろ」

「え?」


 隼大は、ベットに横になると、スペースの空いている隣をポンポンと叩いた。


 今度は、杉山が目を見開いた。


 シングルでは窮屈だったために、ベットはセミダブルだ。

 それでも男二人で寝るには狭い。が、この際、気にしてはいられない。


「ほら、寝ころぶだけでも違うだろ。俺はデスク仕事だけれど、杉山は外回り。体力温存も仕事のうちだ」

「今は、仕事じゃないです」


 拗ねた顔をする杉山に、見た目よりも子どもっぽく、口元が緩む。

 犬ならば、抱きしめて体をさすってしまいそうだ。


「わかってるよ。ほら」


 もう一度、杉山を呼ぶと、恐る恐るといった様子で、ベットに横になった。

 さっきまで威勢が良かったのに、ベットの上ではヘビに睨まれたカエルのように固まっている。それならば、「隣にいる」なんて言わなければいいのに。

 そう思うと、クスリと笑いが漏れた。


「何笑っているんですか。だって、緊張しますよ。隣は隣でもベットの上。俺はまな板の恋……いえ、鯉状態です」

 おたおたと言う杉山に、隼大は思わず、声を出して笑った。

 お腹を抱えて笑う隼大につられてか、杉山も笑っていた。


「杉山だろ、隣にいたいといったのは」

 笑いも治まった頃、隼大は杉山をからかうように言った。

「そうですけど、まさか、一緒に寝るなんて思ってませんし。心臓バクバクで、余計疲れます」

「じゃあ、ソファにもどるか?」

「一人で?」

「そうだけど」

 口の端だけ持ち上げて笑う隼大に対して、不満げな顔をした。

「イヤですよ。イヤなんですけど、心づもりってあるじゃないですか」

「心積もりって、なんのだよ」

「そ、それは……」

 言い淀み杉山は隼大から目を逸らした。その頬が少し赤く見えた。


「あれです。憧れている人にベットは緊張するんですよ!」

投げ捨てるように言うと、隼大に背を向けて、布団に丸まってしまった。

「はいはい」

 こんもりとお饅頭のようになった布団の上から、軽く叩きながら、どこに憧れる要素があったか。隼大は、ぼんやりする頭で考えた。

「憧れを持つ」という事はどういう事だろう。

 憧れを持つとき、自分にないモノをその人に投影する。

 もしくは、今の自分を多少なりとも不満を持っている時か。


 もしかしたら、杉山は――。


 隼大は、ヘッドボードに手を伸ばし、リモコンを手に取ると、電気を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る