第14話

「そこまで、心配することもない。いつもの事だ。それに、お前こそ寝なきゃいけないんじゃないか。俺の心配をしている場合じゃないだろ」

「ぼくの事はいいんです」

「いいわけないだろ」

「いいんです」

「寝てくれ」

「いやです」

「何でだよ、何でここまでこだわる? これは俺の問題だ」

 そう言うと、悲しそうな顔をした。傷つけたと思った。詫びを入れようかと口を開いたけれど、隼大はその言葉を飲み込んだ。

 今ここで、詫びてしまったら、杉山が自分の事を後回しにして、寝そこなってしまう気がした。

 

 何も言わない隼大に、杉山はニッコリと笑った。


 その笑みにドキリとした。

 見透かしたような笑み。仮面を貼り付けたような笑み。口を開いた杉山が何を言うのか、不穏にゴクリと唾を飲んだ。


「杉山さん、薬飲んでないですね」

「な、なんで」


 口元が引きつる。

 寝ていたんじゃなかったのか? 起きていたのか――。


「なぜって、もし薬を飲んでいるのなら、眠くなります。ですから『飲んだから寝るよ』とか『寝るから安心してくれ』ぐらい言いそうじゃないですか。でも『側に居ちゃ駄目ですか』って聞いた後、僕を引き離すような言い方をされた。だから飲まれてないのかと」

「そ、それで。って、俺の態度から飲んでるか、飲んでないかわかるもんか?」

「まー、分かるといいますか、知っていたというか。キッチンに来られた時、飲まれた気配がなかったので」

仮面のような笑みが剝がれ、グッと幼い顔をした杉山が上目遣いにこちらを見て、軽く笑った。

「あー、そうか」

 キッチンに行ったものの、何もしないで部屋に戻ったのだ。隼大は、苦笑しながら聞いた。

「杉山、寝てなかったのか?」

「寝てました。でも、川浪さんが最初に言った通り緊張してたかも知れません。だって、憧れの川浪さん宅で寝ているんですよ。それも、川浪さんのふ……、コホン。いえ、なんでもありません。とにかく、扉が開く音に気づいたんです」


「あー、そうかい」

 杉山は、首に手をやると、つま先の方を見た。隼大は、杉山のつむじから、耳元。そして、白い滑らかなうなじが目に入ってきた。


 綺麗なラインだ。

 

 女の人とも違う男だとわかるライン。肌の張りも色香立つ首筋。

 手が伸びそうになり、慌てて方向を変えた。

 杉山の頭に手を置き、顔を覗き込みながら言う。


「起こしてしまったのは悪かった。飲まなかったのは、次の日絶対に頭痛を起こすと思ったからだ。もう起きるまでに3時間ほどしかない。俺はこのまま起きているから、気にしないで寝てくれ」


 杉山の眉間に一本の皺が寄った。


「それ、無理な要求なので却下します」

「え、いやでも、明日の仕事に、さ」


「差し支えてもいいんです」


「駄目だろ」


「じゃあ、差し支えないようにしますから。隣にいてもいいですか?」


「ん?」



 隣とは、どこの隣だと、隼大は首を傾げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る