第7話

「……? おい、おい。帰れって」

「嫌です」

 きっぱりと言う杉山は首を横にふった。


「上げる理由などない。帰りなさい」


 強引に聞き出して置いて、家に上げろとはどういう了見だろうかと、苛立ち、ついキツイ口調になってしまった。

けれど、杉山はそれを跳ね返すように言った。

「川浪さんの苛立ちはもっともです。けれど、ここで引き下がったら、僕は自分を許せない。そんな気がして。迷惑なのも、無神経なのも分かっています。でも、僕は、今の川浪さんを放っておいて帰ることが出来ません」


 意志の強い目に隼大は怯んだ。


 体の奥が熱い。

 なぜここまで、ほとんど赤の他人といってもいい人間に親身になれるのか、隼大にはわからなかった。

 それが、杉山という人間なのだろうか。


 隼大は一歩下がった。


「わかった」

「い、いいんですか?」

 顔をぱっと明るくしながら言う。


「いいも悪いも、そこまで言われたら、いいと言わなきゃ仕方ないだろう」

 隼大は、杉山に折れた。

「けど、なんにもないぞ。布団もないから、ソファで寝ろよ」


 苦笑しながら言うと「はい」と、嬉しそうに笑った。

 もし、しっぽがあるなら、ぶんぶんと大きく振っていそうな笑顔だった。


「掛け布団は毛布で我慢してくれ」

「もちろんです」

「あ、そう」

 困ったと思いながらも、杉山の満足そうに笑う顔をみていると、腹の奥がじんわりとあったかくなっている。


 認めたくはない。


 ないけれど、一人で悶々と耐えるような夜を迎えなくてもいいことに、自分がホッとしていることに、隼大は、内心驚いた。


「川浪さんの家ってマンションなんですか?」

 無邪気に問うてくる杉山に適当に答えながら、夜空を見上げた。

 冷たいどこまでも飲み込んでしまいそうな夜空に、淡く光る星々が優しくほほ笑んでいるようだった。


 夜道に等間隔にある街灯が二人を照らし、暗い地面に長い影をつける。辺りは、静けさで満ち、聞こえるのは遠くから車が走る音。歩く音と、衣擦れの音。そして、杉山のしゃべる声だけ。

 マンションや民家の立ち並ぶ間をすり抜けるように続く路を歩く。

 隼大は、人との距離が近いと辛くなってしまうため、適度な距離を常に保ってきた。それをいとも簡単に壊して、気がつけば懐に入ってきていた杉山。

 普通なら不快に感じる所だろう。なんとしてでも、家に帰らせたのではないだろうか。それは、社内でも親しい堂岡でも一緒だ。


 なのに、なぜ、杉山はそうさせなかったのだろう。


 チラッと隣を歩く杉山を見た。

 隼大の目線に気づき、目線を合わせてにこやかに笑う。


 柔らかい笑みに、ドキリとした。


 咄嗟に顔を逸らし、前を向く。

「もしかして、冷蔵庫にはお酒しか入ってなかったりしますか?」

「それは、自分の目で見るといい。着いたぞ」


 五階建てのマンションのオートロックを外し、エントランスに入った。

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