第2話
隼大が顔をあげると同時に、綺麗に弧を描いた目と、ふと合った。
「あれ、なんだか顔色悪くないですか?」
覗き込まれ、ますます近くなる顔に後ずさる。
「すみません、不躾でしたよね」
そう言って、杉山は申しわけ無さそうに後ろに下がった。
「いや、気にしないでくれ」
疲れた顔を見られたくなくて、腕で隠した。きっと、酷い顔をしている。杉山のような完璧な容姿を前にすると、消え入りたいとさえ思った。
「気にしますよ」
「え」
――なんで、気にするんだ。
顔を覆う腕を下すと、真っ直ぐこちらを見ていた。
その真剣さにごくりと唾を飲んだ。
「ずっと、気になってました」
小学生の頃、運動会で宣誓をした時のような、大きな声にビクリとする。
「な、何をだい?」
「だって、カッコイイじゃないですか」
隼大は、恥ずかしげもなくいう杉山の言葉に面喰った。杉山は、真剣な顔を崩して笑っていた。その笑顔も爽やかで人を惹きつける魅力を持っていると感じずにはいられなかった。
「君の方が、その言葉は似合うだろ? 俺は、冴えないおじさんさ」
「おじさんって、川浪さんって、まだ二十代じゃなかったですか?」
そう言って、手を口に持ってきた親指で唇を撫でた。その仕草でさえ、目を追ってしまっていることに気づき、何気なさを装い、星空を見上げた。
「来月三十だよ。杉山からしたらおじさんだろ?」
「俺の歳を知ってますか?」
「二十四だろ?」
暗がりの中に浮かぶ、幾多もの宝石。煌めく自分をいつ失くしてしまったのか。隣にいる煌めく星のような杉山が眩しく思えた。
歳だけが、人の見た目を決めるわけではいとは分かってはいても、自分よりも若く、容姿端麗な杉山を見ると、つい自分と比べてしまう。
「違いますよ」
「違うのか?」
いや、確かに二十四歳なはずだ。二年前に入社してきたのだから。
夜空から杉山へと目を移す。
「二十五歳です」
そう言う杉山をよく見ると、不貞腐れた顔をしていた。
「一緒だろ、二十四も二十五も」
と言うと
「二十五も二十九も三十も一緒です」
と返された。
「そっか。そうだな」
ふっと笑いが漏れた。
「ですよ」
無邪気に笑う杉山は、モテ男というより男子高生に見えた。
思わず、頭をくしゃくしゃと掻き回したくなるほどだった。
「川浪さんって、もっとしゃべらない人かと思ってましたけど、たくさん喋ってくれて嬉しいです」
無邪気な笑顔だった。今、帰れば眠りが待っている。その笑みは、鬱々とした暗がりの中に、ポッと浮かんだ光のように思えた。
「そんな風に言ってくれて嬉しいよ」
「いや、そんなではないです。ただの……」
そこまで言って口ごもった杉山に、首を傾げた。
「ただの、何だよ?」
「何でもないです。もう、遅いですし、行きましょう、川浪さん」
にこやかに言ったあと、歩みを止めていた足を動かし、人通りのない歩道を歩いていく。
ふと、杉山が言いかけていた続きがなんだったのか気になり、ぼんやりと考えていると、くるっと、こちらを振り向いた杉山が「もう、行きますよ」と、催促の言葉をかけてきた。
どうやら、立ち止まっていることを察したらしかった杉山に「ああ」と相槌をうち、小走りに彼の隣に並んだ。
目線のすぐ近くに、ストレートの黒髪が風で揺れている。
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