第54話 絶望の咆哮
私は、ボドール様の心を見抜いていた。
彼は、母に好意を抱いていた。それは、まず間違いないだろう。
「ち、違う……私は……」
「……」
「そんな目で俺を見るな……俺を見るんじゃない!」
ボドール様は、私に対して激昂していた。
だが、そこに迫力はない。先程まであった邪悪さもなりを潜めている。
その態度から、彼が母を愛していたことが伝わってくる。その確かな愛に、私は複雑な気持ちになってしまう。
彼のしてきたことは、許せないことである。だが、その愛を考えると哀れだとも思えてしまうのだ。
その哀れみは、彼にとって一番の屈辱だったのだろう。今まで見たことがない表情で、ボドール様は苦しんでいる。
「疑問に思っていました。どうして、母はこの屋敷で働いていたのだろうかと……憂さ晴らしのために雇うなんて、少しおかしいはずです。あなたが母をここで働かせたのは、その心の中にある思いからだったのですよね?」
「うっ……」
「でも、母はあなたの思いを受け取らなかった。妻も息子もいるあなたとはそういう関係になれない。そんなことを言われたのではありませんか?」
「ち、違う……」
思えば、母がこの屋敷で働いていたというのはおかしな話だった。
ボドール様の態度を考えると、借金を返してもらうために雇うなどということはしないはずである。もっと、苦しむ方法を選ぶはずなのだ。
だから、母が雇われていたと聞いた時点で、疑問を覚えるべきだった。彼の意図があったのだと、理解するべきだったのである。
「両親が亡くなった母に、ゲルビド家が借金の取り立てをしなかったのも、あなたのおかげなのでしょう?」
「俺は……」
「母が働ける年齢まで、待つようにお父様に進言したのですか? 結局、大人になってから悪質な取り立ては再開して、母はそういう手段に頼ったのかもしれませんが……」
「やめろ……やめてくれ!」
母とのことを語ることが、彼にとっては一番の罰だろう。そう思って、私は自分の想像を述べてみた。
これが、全て当たっているかはわからない。だが、ボドール様の反応から、それ程間違ってはいない気がする。
「私を雇ったのは、どういうことなのでしょうか。母の形見を傍に置いておきたかったのですか?」
「うあっ……」
「でも、私はきっとあなたがもっと憎んでいる相手の子供でもある。だから、冷たい態度しか取れなかったのでしょうか?」
「うあああああああああ!」
ボドール様は、叫びをあげた。
その悲痛な叫びは、彼の心情をしっかりと表している。
きっと、彼はその感情を誰にも知られたくなかっただろう。特に、私には絶対に見抜かれたくなかったことであるはずだ。
「……お前が何を思っていたかは、俺にはわからない。だが、お前が何を思っていようとも、お前の罪は変わらない」
「エルード様……」
「俺は、お前を裁く。それをやめるつもりは一切ない。ただ、お前のその感情だけは、口外しないと約束してやろう」
そこで、エルード様はそのようなことを呟いた。
それは、彼の優しさなのだろう。どれだけの罪を犯してきたとしても、その最低限の尊厳だけは守ってあげるつもりのようだ。
私も、大体同じ気持ちである。彼の思いは、この胸にしまっておく。悪辣な彼の中にある唯一純粋だった気持ちまで、踏みにじる必要はないだろう。
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