第53話 母のことを

 私はエルード様とともに、ボドール様と対峙していた。

 破滅するとわかった彼は、私達に対して決して謝罪しないと言ってきた。彼の心の中に、罪悪感というものはひとかけらも残っていないようだ。


「お前達一族は、このゲルビド家の糧となる存在だったのだ! お前の祖父母も母も、かつてのお前も! 皆、私達の養分に過ぎなかった!」

「貴様……」

「公爵家の人間だか、なんだか知らないが、お前は屑だ! 愚かなる祖父母や母の血を継ぐ屑なんだよ!」


 ボドール様は、私に対して罵倒してきた。

 その罵倒に、私の心は揺さぶられる。私の祖父母が、母が、彼らの養分だったなどという言葉は、非常に許しがたい言葉だ。


「そうだ……お前の母親が、どういうことをしていたか知っているか? 貴族に体を売って、金を稼いでいたんだぞ? お前ができたのも、それによるものだ! あの女は、最低な女だったんだよ!」

「黙れ、それ以上喋ると……」

「売女の娘め! 忌まわしい屑が! お前など忌むべき存在でしかない! 生まれるべきではなかった存在なのだ!」


 ボドール様の叫びは、とても不快なものだった。

 しかし、同時に私はあることを感じていた。彼の目には、私が映っていないのだ。

 彼が見ているのは、私の母である。私を通して、ボドール様は母を見ているのだ。


「どうやら、その不快な口を閉じさせる必要があるようだな……」

「エルード様、待ってください」

「何?」


 ボドール様に掴みかかろうとしたエルード様を、私は止めた。

 彼の口を閉じされるのに、力に頼る必要はない。今までの言葉で、私はそれを理解していた。彼に一番効くのは、きっとあの人のことなのだ。


「可哀そうな人……」

「な、何……?」

「そんなに……母のことが恋しかったのですか?」

「なっ……!」


 私の言葉に、ボドール様は目を丸くしていた。

 先程まで散々動いていた口は、開いたまま動かなくなっている。私の言葉が、図星であるからだろう。

 彼は今まで、私や母や祖父母のことを馬鹿にしていた。その罵倒の裏にあったのは、そういう感情だったのだ。


「馬鹿な……どういうことだ?」

「ボドール様の目を見ていればわかります。彼は、母のことを愛していたのでしょう」

「なんだと?」


 私の言葉に、エルード様は驚いていた。

 それは当然のことである。今までのことを考えると、そんなことは、想像すらできないことだろう。

 だが、聡明なエルード様はわかっているはずだ。目の前の男の態度が、それが本当であると証明していることを。

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