ザイル

空は少しずつ赤くなり、暗くなり、夕暮れが近づいていた。



「さぁーて、これから実験体の新作、の夢のしおりをまとめて屋台のテントの骨組を作らなきゃな!」

 筋肉質なかりあげの男が陽気に笑う。

「というわけで先ほどパソエに連絡しましたがデート中らしく、今日の夕方にはOKだそうです」

お兄様と言われた男が腕を組む。

「まぁ待つよ。多少ならまだまだ普通にイケる。待機するにあたって……何か買って待つかな」

筋肉質なかりあげの男が陽気に笑う。


「保存食は?」

「とっくに賞味期限きれてるよ」

「大概のモノは美味しく頂くが」


「お兄様、でしたら私が市場に出向きます」


華奢な少女が手を上げる。


そのとき路地裏から男が出てくる。

不健康にやせ細っていた。


そしていきなり喚きだした。


「うーわあああああああああーっ!!

あーーーーーっ!!」


彼らがぎょっとしているとナイフを振り回し始める。少女に向かっていくようだった。


「あーーーっ! 俺が悪いんだろぉーっ!!

殺せよぉーーっ!! あああああーっ! うわああああん! ああああああーーーっ!あああーーーっ! あああああーーーーーっ!」


 酷く錯乱していて、目は血走っている。

何もかもにショックを受けているかのようだ。お兄様、と言われた男が前に立つと、一旦見上げるように顔を上げるがびくっと震えた。


「なっ、何、何ですか……」


  さっきまで叫んでいたのに、急にびくびくした態度に変わる。

それでも彼が何も言わずに居ると、勝手にパニックを起こし始めた。

顔を赤くし、じたばたと動いている。


「はぁっ!? やんのか! やんのか?

何見てるのかって聞いてんだよおーーっ!


何、見・て・い・る・ん・で・す・かぁー?

早く答えろよぉぉーっ! 答えろぉーっ!


何見てるんだぁ!」


「はぁ……」


みんな黙って彼を見ていた。

正直意味どころか何も理解できない。

それが気に障るのかさらに彼は怒るだけだった。


少女が困惑しながら彼が握ったままだったナイフを取り上げる。


「何か御用ですか?」


今度ははっとしたように、冷や汗をかき始めた。


「……」


お腹を押さえて青い顔をする。

唇だけがわなわなと震えていた。

そして慌てたように逆方向に走っていく。


「恐らく緊張で腹が痛くなったんでしょう」


そこまで緊張して、何しに来たんだろう、

と皆思ったが、ひとまずは可哀想だなと思うことにした。


「プロテストは善意で夢を買い取っている。

漠の被害を防ぐために」


少女は悲しい目をした。


「けれど、この立場を、優遇だといって妬む方も居るということですわ」


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そこまで言ってから、少女はふと気配に気付いて後ろを向いた。

「どうした四麻カンナ」筋肉質の刈上げの男が

彼女の様子に気がつく。


「いえ、誰かが、居たような気がして……」


漠が出歩いていることもあるが、そういう気配では無さそうだった。少なくともまだドラマティック・マーダー邸にいる時間だと聞いている。

 けれど、少しだけ、恐い。

近所のおじさんも、漠に食べられてしまったのを彼女は知っていた。

(確か……どうするんだっけ。たしか……)

漠にあったときは難いから絶対振りむかないようにすれば、夢を食べられることもないといわれているのを思い出す。

確かめてみないとわからない。けれどもし、夢が食べられてしまったら……?

お兄様、がさっさと歩き、四麻の後ろに向かっていく。四麻はいざというときのために、ナイフを握り締めていた。 

 建物の影から、ミント色の髪の少女が飛び出してきた。

「こんにちはー!」

ただの通行人らしい。

「あぁ、こんにちは。この辺は漠も居る。用がないなら、なるべく出歩かないほうが良い」

「あの、あなたたちが夢の売人ですよね」

彼は一瞬どう答えようか迷った。

さっきも、変な男が喚きながらナイフを向けて向かってきたばかりだ。

どいつもこいつも、この職を妬んでやがるのだから、適当に誤魔化すのも得策なのかもしれない。

 最近増えている暴力的な人たちを見ていると関わるのも面倒そう。騒ぎは好みではない。

(個人的には少人数で落ち着いていたいものだ……)

「え、ぁぁ、いや、違います」

当たらなければ、どうということはない。


「実はずーっと後ろをつけてきたんだー!」


お兄様、は硬直した。

嘘がばれてしまったし、思わず敬語だったし、なんか恥ずかしい。




「売って欲しいものがある」


その少女は、特に臆することもなく答える。

彼は、てっきり転売の一種だと思い、郵送して代金を貰うことが難しいと伝えた。


「……売って欲しい夢があるのか、いっておくが、郵便には期待が出来ないぞ。どこも牛やラクダなんぞで渋滞しているから配達できたところでかなり時間がかかるし、


局員にもいつでも夢を転売したり売り買いする人が居ないか確かめるべく人を紛れ込ませている。見つかれば牢屋行きだ」


「……つまり、売人の独占状態ってこと?」


「そうだ。ここか、闇市場から買うことになるだろうが、治安は悪い」


 何を、子ども相手にぺらぺら話してしまっているのだろうか。男は我に返るが、一度話したことは引っ込まない。

 郵便配達は今や治安が悪いもののひとつとなっている。

少し前にもカンボチャという青年が、勝手に配達する際に保険をかけてぼったくりで大もうけしていたのが明らかになったし、その前にも荷物を紛失していたり、夢を転売したりが相次いでいるらしい。


「ふーん……そうなんだ。じゃあ、やっぱり私たちはついていくしかないな」


「つい!?」





「夢を買いに来たんじゃない。私たちは、情報が欲しいの」




これには四麻やかりあげも反応する。


「何を言っていますの」


「たち、って、きみ……」



ミント色の髪の彼女が、笑顔で振り向く。


「そう、私たち」



影からぞろぞろと3人が出てきた。


「私たち、漠に会いたいんだ」






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「そうか……」


刈上げの男が頷く。


「お前たちは、漠に会うつもりか。会ってどうするんだ」


「抱えるのすら重たい、人間ですら吐きそうで考えたくないような夢を食べてもらうんだ

。漠ならきっと何にも気にすることなく、微塵も傷つくことも無く食べてくれると思う」


「まぁ……」


四麻がよくわからない驚きかたをする。


「あの。何か、不快にさせましたか?」


少女は心配そうに聞いた。



「いや……まだクビを切られたり、ナイフで刺されなかったのがマシな方かもと思っているところだよ」


お兄様、と言われた男が答えた。



「漠の暴れようからしても夢の、質量の不足といったところもあったのではないかと思う。というかはっきり言って、並の人間の夢はそういうものだ。だからこそ何か漠が大人しくなる手段があるのなら、と考えることもなくはない」



彼らの仕事は本来なら不必要な存在である。妬まれるというのも、自尊心を保つための思い込みで、情けないほどの思い上がりなのだ。民はそんなものを彼らに期待して不満を持っているのではないという現実を直視出来なかった。それを自覚したとき、叫ばずには居られないからだ。

 ただ単に憎まれ、嫌われていることをしているだけだったと一度知ってしまうとそこから後戻りできないような感じがする。

 最初に受ける教育は呪文のように自分に何度も言い聞かせることである。

『彼らは羨ましがっているだけ……自分たちの誇り高い役目を、妬んでいるから攻撃してくる』



 ――その思考の最大の矛盾点がどこかも、彼らは考えることが出来ない。

夢が無くなった人たちがどれだけ大変な思いをして夢を持とうとしているのか、どれだけ苦労して生まれた夢なのかなど彼らの思考で理解するのは永久的に不可能なことだった。

大変だなんて、自分にわからないことを言われたり、わからないだろうなといわれるのも、また彼らの高い高い自尊心を傷つけてしまうので、民の大半はただ目を逸らすことにしている。


 少女は驚いたように目をまるくした。

その後ろから出てきた耳の生えた少年も、驚いているようだった。


「漠が大人しくなることを、願っている? 夢が売れないと、生活が困るんじゃないのか」


「……きみたち、よそから来たね。

今漠がどういう扱いをされているかも知らないだろう」

 

 話の途中、四麻が彼に耳打ちする。

そちらを見ると市場の道の向こうに魔物の車に乗った女性が手を振っているのが見える。



「お兄様。凄く遅れていた仕事の連絡が来たのでスケジュール調整の打診に行って来ます」

そういえばズキ先生が手伝いを頼むかもと言っていた気がする。


「あぁ、行ってらっしゃい。ただし、覚えておいて欲しい。このチョコは甘いというチョコは売れないってことを」


「問題ありませんよ。ヒカゲッティ・ズキのお手伝いは先月にもやってるので開始はうろ覚えだったけど問題なく素早く終了しましたし」


四麻が去っていく中、彼は改めて話した。



「漠は、いまでは政治家に口を利ける立場だ。それだけ酷く暴れたのだが誰も逆らえないから、議員の集まる飲み会なんかに参加させて取引を持ち掛けた。その結果今のように夢の販売さえすれば自ら人を襲わないということで収まっている」


 議員の飲み会がどんなものなのか4人にはよくわからなかったが、いわゆるコネであることは理解した。


「確かに困るのは困るのだが、今や国を挙げて国民を夢の無い存在にしようとしている。

余分なところに供給が行き過ぎている……

みんな取り付かれたように他人の夢にすがる現状は、正直言って国規模の洗脳ともいえると思うんだ。

なんだか不吉な予感がしてならない」


 みんなはそれとなく歩いている人を見渡した。どこかうつろな目をしていたり、どこかで買った本を手に、取り付かれたかのように不気味に笑っていたり、意味のないことで、むやみに喧嘩を続けていた。

そう、悪徳な宗教のようだ、と、さっきから黙ったままでいるパールは思った。

何かの洗脳にしか救いが無くなる人間を量産している途中の段階に思える。

 争うか、邪念を排除して、一心に祈るしかなくなるどちらかに民が陥るというのはまさしくそういうものの前提だった。


 本来、自身の考えや夢を少しくらい持っている人間は、他人の夢にそこまで過剰には食いつかないものであり、それは生きていくために他人の心との間の壁を築く大事な機能だ。けれど、自分のそれが無いとなると、その壁をこわしてでも他人を取り込むことになる。


「それは確かに不吉ですね。他人の夢を自分に定着するようにするには、無くした自分の分もかねてより多く情報を仕入れることになると聞いたことがあります。

けれど既に他人との壁が破壊されているので、根本的に洗脳されやすくなっている、つまりやがては何も考えられない民だけが生まれるでしょう」


『彼ら』は急に口を開いた魚人をみて、少しぎょっとしたが、すぐに冷静さを保った。


「王に、従うぶんには従順でよいのかもしれないが……それが、後の代になるにつれて、つけとなるのは確実」


我々も、それを危惧しているのだと彼は答える。

筋肉質な刈上げの男は顔を覆って嘆いた。


「今でも少しずつ弊害は出ているよ。

この国で最近生まれた子どもは、どこか上の空で、自分のことよりも他人の話ばかりしているし、将来の希望を聞いても「そんなものあるのかな」などと言う……そうして、引きこもって、おもちゃであそんでばかりいる。本というものは高価だからな」



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・・・・・・・・・・・・

「古しくゆかしく漠を立てないといけないなんて思っていたけど舐められてるだけ……」


 今日の仕事を終えて夕飯までの時間を待ちながら白髪の少女は考えていた。

漠が来るまでは相手とうまくやれる自信、があったけど、もう一度嫌な目に遭ったらもう無理かもしれない。

漠との問題、これはずっと永遠の課題。

漠が倒れたときだけこちらになにか言ってくるのはやめて欲しかった。

漠が最優先で、外でも演説し、売人、プロテストや政治力を駆使している。

これについて聞けば「その話はもう終わった」などと言うのだ。

 みんなの問題だろ?

知らない顔するなって言いたい。感情の生き物かもしれないけれど、なんでも言うことを聞くだけが、いい国民ではないのに。

漠はもう漠としての地位を築いていくのみなのだろう。

「あら……」

 ふと庭のほうを見ると、プランターに入れていた砂漠葱が全てめちゃくちゃに引っこ抜かれている。

「ネギが! 酷い……一体誰がこんなこと」

 プロテストの建物には嫌がらせが相次いでいた。それもこれも、漠が大事な客として、国賓のように扱われてからだ。

慌てて土が散乱しているのをかき集め元に戻す。

「まったく、誰なの……」

そのとき、外で声がした。



「誰かー! 手伝って! ノーネームになる予定の子がまた逃げ出したって!」



「え?」

思わず大きな声が出てしまい、恥ずかしくなり、慌てて口をおさえた。


 彼女はノーネームも人間だと思っている。

昔、檻にいたノーネームの子と問診で出会い、仲良くなり、暇があると一緒に遊んでいたことがあったのだ。

小柄な少女で言葉はあまり多くは話せないらしいが、美しい声をしていた。人や物の名前が曖昧で、いつもどこか寂しそうな、冷たい目をしているが、どきどき、笑ってくれた。

気が付けば彼女を追っていた。


 話がしたいとか、近付きたいとか、そんな考えはなかったが、言葉少なく、呆然と力の前に立ち尽くす様に、自分と同じような何かを感じたというだけ。

 その子がそのとき同じくらいの見た目だからというのもあったかもしれない。

誰も見舞いに来ないし、周りには、自分よりはるかに歳上の大人ばかり。

自分もかつてそうだった。

だから、おそらく、嬉しかったのだ。


 けれど同時にそんな感情移入している自分に気付くとなんとなく、これでは変な人ではないか、と、迷った。

いきなり声などかければ、嫌われてしまうだろう。


「ちょっと、顔を見てみるくらい……」


好奇心に勝てず、地下に向かった日。

彼女は目を見開くこともなく、きょとんと、興味深そうに、こちらを見たのだった。

まるで、来るのがわかっていたみたいに。

ある日、いつも呼ぶように呼んでみたが返事が戻らなかった。檻を覗くと、そこにはただ無残な骨だけが残されており、言葉を失った。

 

彼女は一人だけ変わっていって、一人だけ、抱えていって、あの場所に消えた。


――彼女も――――かもしれない。

 薄々気付いていた。

あれの生け贄になることを選んだ彼女の目は、日々、怯えるものに変わっていく。

 自分には、何も出来ない。自分は、関係ない。

だけど、そんなの、嫌だ。

だから、あの日、追いかけたのだ。

もし、少しでも、自分に届くところにいるのならひきとめたかった。

戻ってきて欲しかった。

けれど目を逸らしているだけ。




『こないで、やめてよ。逃げないよ、私』



一緒に逃げないかと提案した日。

彼女は、既に心を決めていた。

というよりも、夢が無い状態じゃどこにいたって同じだったから。何をしても、心から笑うことは出来ないから。


最後は丁寧な懇願だった。


『お願いします、ここから、立ち去ってください。

あなたはまだ間に合う』




さよなら。





「モエレが言うんじゃ、仕方ないね! 明日みんなで盛り上げにくるよ! ここの夢は本当に感情まで震わせてくれるくらいに良いもんだから、待ってるからね」


「はい……すいませぇん」

ブロックのような髪をした細身の男がへこへこと頭を下げる。かごの中は空だった。

今、彼はささやかながら楽しみを持っていた。明日は友達の誕生日なので、今日はちょっと在庫を操作して夢を渡し、お祝いする予定なのだ。

 夢が無く、買い物にも興味を示さない人々のために店を応援する商品券(20%のプレミアム商品券)が今朝発売されたこともあって今日の客は多かったのだが、大半がやはり、夢のために使用されていたのが今の情勢を象徴しているようだ。

他の売人もすぐに空になったかごを片付けて

仕事があっという間に済んだことを喜んだりしていた。彼らの様子を把握し、お兄様、が何かを言おうとした際だった。


「いや~もう買えないかな~と思ったら、郵便局で並ばずにスルっと買えた!ありがたいですなぁ」


「ですなぁ。我々は普段から、多額の寄付をしていますからね」


 今度は数人の爺婆の群れが陽気な声を上げながら通り過ぎていく。売人には見向きもしなかった。



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 漠のことを聞いても、みんなの決意は鈍ることが無かった。


「私たち、終わらせに行くんだ!」



「……終わらせに?」


刈上げが確認するようにつぶやく。今までそんなことを考えていた者は居なかった。


「そうだよ。皆でね、決めたんだ。

もう、悲しい思いをする子が出ないように」


パールが少し寂しげに頷いた。

誰にも話していないが、彼にも哀しい悪夢があった。


「危ないことだぞ」


「ううん。ただ……お願いに行くだけよ」


みんなの影に隠れたまましばらく黙っていたヌーナが、手袋を摩りながら呟いた。



そう。彼らは既に覚悟しているのだ。

みんなの目を見て、売人たちはそれを理解した。


「それならば……《抜け殻》を、ひとつでも救ってやって欲しい」


脱け殻、それは、この町では成長の過程での産物としての意味ではなかった。

夢を奪われた者たち。

それが、ここでの脱け殻。

 殻というのは、自身を外界と隔てるものであり、大切なものを閉じ込めている。

それのない人たちは既にどう生きれば良いかも見失っていた。

 ふと、「お兄様」は、前にお兄様と呼ばれていたタカユキがあの日腹を切ることを決め上司にそのように報告していたのを思い出した。


『俺もう、迷惑かけたくないです……すいません……もう、ゆるして、ほんと、もう、これしかないんで』


 何度説得しても説得に甘えてしまうことを知っていた。その弱さを自覚していた。

そのずるさを、再び皆の前に立つずるさを彼は二度と認めないことにした。

彼はそもそも漠を取り押さえようとしたが、人の多いところに追い込んだ職員だ。

逃れることも出来る作戦でわざわざミスをおかしたのだ。批難を逃れることは出来ず、次の朝深々とそれこそ腹にナイフを突き立てて死んでいた。

死に切れなかったのか、それから近くにあった毒も飲んでいることが報告された。

『女の人に慰めてもらって、生きようとしたり、でも、それって、自分がそれ以下ってことで、やっぱり惨めでした……』

慰めるだとかではなく彼にとっての自尊心は既に何処にも無いのだ。

 今日彼女が手にしていたのが奇しくもナイフだった為に余計に感傷的なのかもしれない。最後の記憶としてはともに魚の辛汁煮を食べた気がする。

 漠を止めるという企みは実際かなり動揺していたが、表には出さなかった。自分が動じるわけにはいかない。



『幸せを、壊してまで生きてそれを願うほど図太くないですよ』


ふっ、と空を仰ぐ。


(これも、因果か……)



 よく見ると彼の後ろにも売人が数人居た。予約していた人に夢を売り始めている声がにぎやかに響き始める。

大人気のため、あっという間に最後尾になっていた。

「お客さぁん、すいません、もう今日の夢は売り切れちまって」




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(またこの輩か……違法な取引で、夢を優先的に購入するとは)


このままでは国が危ない。漠の一筋縄ではいかない、ある意味、ズル賢く今までに無い手強さによる人類の支配。それに暴行までしてきている報告もある…………

そんな中でもセコい奴はセコく生きていくのだ。


「ところでお前たちはこの国までどうやってきたんだ?」


彼は近くに居たヌーナに聞いた。


「竜に乗せてもらいました」


「……そうか」


ははは、と彼は笑った。まさか、そんな夢のようなことがあるだなんて、面白い外なかった。『猫』がその『予言』を触れ回っていることは彼も知っていた。

この時期に合わせたかのように、こうして使いを寄越すとは。神様も民を心配されていたのかもしれない。

この世界との、偶発的に起こった事態を鑑みると、そういう感じもした。


「次に、登場するは黄色い使者……かな……」


昔読んだ本を思い出して呟く。冗談だった。

パールが「それは何か」を訪ねた。


「あぁ、俺には、その正体はワカラナイ。

よくたとえ話にされる存在さ、えー……それはそうとお前たちは漠に会いたいのだったか」


「はい」


レンズとランが同時に頷いた。

そのために追いかけてきたのだ。


「やつなら、ドラマティック・マーダー邸に居るぞ。支配人のニトロさんが、漠のために開けたのだ」


「ドラマティック・マーダー邸? なるほど、そうですか」


レンズは場所がわかるらしく、お礼を言った。

「この情報は、それで……」


彼は笑顔を向けて、早く行くように促した。

「あぁ、いいよ、こちらも、漠の暴走が近頃目に余ると思っていてな」








 

みんなはぞろぞろ歩いて、ときどき水を飲み、また歩いた。森の中しか知らないランやパールは、灼熱の砂漠の中を進むのだと思って少し心配していたので今更ながら少し安堵していた。贅沢は出来ないが、飲み水が尽きることは無かったのでありがたいことだった。

知的好奇心旺盛なパールは、着くまでの間レンズに建物について質問した。

変わった名前だと思ったのだ。


「えっとね。この地域はまだ同性愛者や男色などが取り締まられているんだけど、


ドラマティック・マーダー邸は、昔、偉い人がそういう男を囲って暮らしたとも言われているんだよ。ドラマティックでしょ」


「禁断の恋というやつか、さぞ燃えたのだろう。そこで揉みあいになって殺人沙汰にでもなったのかい?」


「そうそう、よくわかったね!」


「体の問題で、不倫が起きると男性同士の方が暴徒化しやすいというのは聞いたことがある」


「そうなんだ。それってやっぱり……」



盛り上がっている二人の後ろで、ランは「あぁ、どの街でも空が青いなぁ」と他の事を考えた。

ヌーナは、本当ねぇ、と穏やかに返事をする。歩いているうちにみんなは段々、高級そうな場所に近づいていた。


若い人たち、中でもまだ裕福そうな人が笑顔で通り過ぎている。彼らの夢はまだまだあるようだった。

「そういえば昨日、言われた料理作ってみたよ!」

「えー、食べに行っても良い?」


「あっという間に食べちゃった。このまま出したらさすがになって感じだったし、次回は何らかの美しさを追及してからね!」


 その次に郵便局からの帰りらしい人たちがわらわらと集まっていたのも見えた。



「次の夢販売第3回もすぐに開始するらしい。我らが店を支えようじぇ! 」


「じぇって、変な人、もう50歳になるのに」


「ほほほ。いいんだじぇ! 

つぎは寄付金に応じて30%分を市が上乗せして、券にしてくれるんだとよー」


「もうそれ『夢無し病』を広める気しかないじゃん」



「パワーアップしてますなぁ」



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 いくら景気が多少良い場所に来たからといっても不穏な空気が無くなる訳ではなかった。しばらく住宅を超えると目の前に小さな山があり、そのための崖があった。


「ここを上ると近道なんだよ」


レンズは目の前の崖を指差す。パールやヌーナはえーっと言う顔をした。ランはいつものことだったので何も言わなかった。


「ザイルも持ってきているし!」


 レンズがじゃじゃーんとふところから麻の紐を取り出す。

 ザイルというのは麻などを編んでつくる登山用の紐のことだ。なぜ登山用麻紐なんて持っているのだろうと思いはしたが、結局黙っていた。


「麻紐~麻紐~麻紐は~ザイルっていうんだよ~ほんとだよ~」


「ザイルを使わなくたってこのくらい平気だ」


 ランはさっさと、壁を蹴って、器用に上に上がる。この崖もそこまでの高さではないので打ち所を間違えなければ死には至らなさそうだった。レンズは麻紐をランに渡す。

「あ、ずるーい! じゃあ、他の人が上るまで手伝って! はい、ザ・イ・ル!」




 やがてどうにかみんなが崖を上り終えても、レンズはザイルをしまわないで手に持っていた。


「こうして手にしたのも久しぶり! 

このザイル、作ってた店が炎上してしまってね……遊牧民のような格好の店主だったな。炎上で、でもどうにか生き延びたザイルだけがドラマティック・マーダー邸に呼ばれたんだけどそこでもいろいろあったらしくて……」


レンズがやけにいきいきと話すので、みんなは、やはり先ほど地域の人と話さなかったのとは別に、地元に帰ったなりの感情は、彼女なりにあるらしいと思った。







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