ドラマティック・マーダー邸

少し大きな石づくりの建物の通路中、プロテストとして、漠に会いに行く役目の一人、ハリカモは、ばさばさと羽を広げて鳴いた。


「上からも言われているけど、ハルの態度、職員の態度としてどうなの?それらしく振る舞えなくてはダメだよーっ!」


ハリカモに餌をやっていた短めの白髪の少女は、やや落ち着いた声で言った。

控えめな性格でもあるが、先ほどまでは職員が5人中2人抜けていたため出勤状況の確認、そして新しく入ってきた人員の弁当の数の確認にも時間を割いたので今は疲れていて尚更だった。


 「仕方ないよ。いくらかの人が一年半ほど前から声を上げていた、いい加減解決策を作って欲しいという要望がまるで役に立っていない。

それよりも聞きたい事あるんだけど。ハリカモが会議のときいつも10分くらい寝てる

……それって私も10分お茶を飲んでて良い?」


「それは違うよーっ」



 設立カンパニーの社長たちは養子とはいえ一人娘であるハルに甘い。

 人権尊重が叫ばれだしているこの頃であっても、ハルの態度が問題視されたりはしなかった。

 この前も議題には上がったものの簡単な解決方法を言われただけで終わった。



「あら、そう。とりあえず勤怠日報のチェックとパートさんへの記録を、やっと2週分が終了したよ。一段落したから少しずつノーネームへの対話にも充てるつもり」


「話しかけるなっていわれてるんでしょ?」



「でも……夢も感情もないと、人はどんどん攻撃的になっていく。


そのくせ、愛想は欲しいという我侭に答えられる器量などほとんどのノーネームにはない」


「ふーん」



「でもまずはこれから、特別室で『さよなら』を育てながら、パートさんのやってる仕事も見学してみようかなってところ。今新しいやり方をやってるから。ハリカモも飽きられないように頑張れ」


 


「ハリカモも! この前も寝てたけど、

食事会のとき社長に「今からでも来て頑張りを見せて欲しい」と言われたよーっ!」



「無理はするなと言われただけでしょ」


「そーぉ? 何て良い会社なんだと思うよーっ。社長の理解があってのことだよーっ」


白髪の少女はちょっとむかついた。

「ミーティングでキツいこと言われるかもしれないよ」と言うとちょっとビビっていて面白かったのに。

なんだかちょっと開き直っている感じ。

調子の良いやつ。

 厳しいことを言われるのは出勤状況を見て当然なのでしっかり受け止めておく必要はあるというのに。

 責任者にも上司にも心配をかけましたと謝れば済むのが組織というところの異常な体勢だ。ノーネームのことも、死んでいった仲間のことも……


(彼らには……何でもない、出世に関わりさえしなければ、なんの価値もないんだ)




 白髪の少女は少しむかむかしながらも、夕飯のことを考えた。昼が終われば夜が来る。

あと数時間で業務終了だ。


「夕飯はどんなご馳走食べれるか楽しみ……」


そう、まずは作業を落ち着かせて、夕飯を食べて、今後を悩もう。


(とりあえず、パートさんにもハルの態度について進言してもらって……)



「アル・パートさんがハルのだけは発注の案内を送ってこないことを見ると、どうやらその辺だなというのが分かる」


 困らせてはいけないな、と思う反面仕方ないよなと思うところがある。



壁越しに映る自分。

 拉致や誘拐に合う子どもは増えている。

治安が悪い地域に行くほどそれは増大する。


 彼女も幼い頃その魔の手に見舞われた。

彼女だけはどうにか逃れたが、きょうだいたちは誘拐されたまま。

そうなった子どもは奴隷や兵隊となるか、臓器を売られるか、研究に使われるのが大半。


(ハルが気に食わない……)


 あの檻の中の子どもは、夢を見られなくなった大人の将来まで勝手に背負わされている。

もはやそれをも遊びとしてしまうハル。

好きなものを言語化することも、夢を持つことも結局頭の整理がちゃんと出来ていないと出来ないものだというのに、出来たとたんに片っ端から使っていくハルのやりかたは、やはり虐待だ。

けれど、あのノーネームを管理する部署に苦情を入れると突然上司がぎっくり腰で午前中休みになったりする。

「どうするか」


 悩んでいると、窓際に何かが飛んできた。

窓を開ける。

そこにやってきたのは足に手紙をつけた鳥だった。


「あら。売人が来るのね」



 此処は緊急予備の漠餌を売人から買っている。

先日、彼女がミーティングの資料を作り始めた途中で発注を頼まれ、そのときはすぐに売り切れてタッチの差で注文できなかったためそろそろ補充しなくてはと思っていたところだったので、すこし嬉しくなりながら手紙を開いた。


「プロテスト御一行様



本日、予約で発注していた商品のお届けに伺います。


それからこちらの在庫数とそちらの発注の庫数が合わないので上司に報告致しました。

今のところこちらからはそのまま続けておいてと言われたのでそうすることに。

棚卸しをしたのでこちらの在庫数は合ってるはずなのですが確認していただけますか」





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ドラマティック・マーダー邸






昼間。

 『漠』はナイフとフォークを手に、舌なめずりをしていた。

すでに漠はこの国の客人である。


「香りは 完全に新鮮……」


両手には頭を潰された人の首が抱えられている。本来は夢を食べるだけで良いのだが、最近は直接人の血を取り込むこともあった。

そのほうがより強くなり、より多くの夢を食べることが出来る。


「なんて質の良い夢。んー、その辺の作られた人工物のような味気ない人の匂いが付かないんだね」

 体には殴った際のところどころにぶつけた小さな傷付きがあった。

食事が多少傷むがこの程度なら気にしない方だ。けれど白い肌なので外から見ると酷い有様で目立つ。

「まあ今から全部食べるから時を待たず以前のようにどろどろになるだろうからね」


 傷なんてわからなくなる。


「そしてこの匂いも まもなくゴマ油風味になるね」



 漠の涎はゴマ油のような香りだった。

この消化液と一緒に夢を取り込んで栄養を摂取するのだ。

 漠は王様がこの国に来た際に泊まる家に住んでいた。金色の、ピカピカしたお城だ。

そこに一日3度プロテストが運んできた夢が届く。けれどときどき、そのプロテストや、他のお客も食べたりしている。


 今食べた体は前の固体より幅も長さも小さいし、背が低くて、遠近感覚感覚が掴みにくい。


「やはり大きな大人の夢を食べてみたいものだ。大味かもしれないけど、子どもは小骨が多いから慣れるまで少しかかりそう」


「前の奴の夢はよかった、やっぱりおいらの手足になってたな~。あんなに沢山の夢が寄せられると、空腹も気にならないのかもしれないね」


 さっき食べたやつの夢を思い出す。

人の姿をした植物の絵本の世界だった。

どこかの国には、種から育つ人のような植物もあると聞く。謎の種……御伽噺と言われているが、ただ混乱させるだけとか 本当に夢何てことではないと、漠は考えていた。


 しかし、どうやって生み出すのだろう。

既存の植物に危害を与える遺伝子操作がされているとか、病原のもとになる様な花粉を出すように変異させたりとかしているはず。

こんなことを国家でする国があるのか。

やはり兵器なのだろうか。

そして、植物は、夢を見るのか?


「捨てて発芽しても大変だ。

そんな夢、きっと苦い野菜みたいにマズイだろう。なので、封筒ごとジップロック保存で、植物検疫所に転送 または連絡……」




外から、若い女の声。


「やっと拾えたー。めっちゃ緊張して逃がしちゃったのよー!」


「えー、まじで」


「そうなのなんと、彼、家に二回連続で招待してくれて、二回目でゲット いや~ ストレスにめっちゃ弱いんです。手も震える」



あいつらを食うか?

考えてみたが、漠は一旦思いとどまる。

あまり暴れると客にしてもらえないかもしれない。



「夕飯もワクワクだナ!」




 誰にでもぞれそれ楽しみが有ると思う。


会話もしない、ただプロテストからの夢の受け取りになんでこんなにワクワクするのか不思議だったけれど、


「イタリアの俳優とかアルゼンチンの女優とかアルバニアの美少女とかってレアな地位のやつの抱く夢と、ただ連絡交換だけして、栄養へと交換したあの高揚感に似てたんだ」


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 ハリカモは今日の『夕飯』を確認した。

手にしているのは一枚のしおり。

といっても、それは子供の大きさほどあって、米を買ったときのように、あるいは子どものように両手で抱えなくてはならなかった。

 見た目は上に紐が括られ、押し花のように潰された人間の影が貼りついている。

ただのしおりだが随分な重さがある。

このしおりは夢を食べて肥え太るので、しおりが重ければ重いほど大きな夢だった。

夢を吸い取った後、実験体はこの、しおりになってしまう。


「あー……なんて重たいしおりなんだよーっ!」


よいしょ、よいしょ、と、おんぶしてみたり抱っこしてみたりして、『食事当番』は、しおりを運ばなくてはならない。

これを食べる漠のためだ。


「お、重い……つぶれ……っそ……


ねぇ誰か来てー!!


みんなでよいしょしてー!!」



「食事当番についていくのは、ファゴットに決まりましたわーい!」


 力持ちだがまだ小柄の褐色の少年、ファゴットが走ってきてハリカモとともによいしょに加わる。

軽い夢は各自でも買える程度だが『ダブルリード』は高い。(1本日本円で3000円位)だというのに、漠は平気でどんどん平らげている。重さと同時にファゴットはそれを思って舌打ちした。


「誰がこんな重たい夢を……っ」


 夢は、市民が買うにも売人のやる、闇の専門店に行かないと売っていない。


「あーーーーーーうざ」


漠は地域としては地元民よりも外国人と富裕層の住む印象で知られる地域に住んでいるので、余計に彼をいらだたせた。

 漠が監視つきとはいえ、ときどき人に化けて「地元民」として出歩くことがある。

この態度が余計に嫌味だった。

「なにが地元の民だ、えーん!」


「まぁまぁ」


「昨日も、なんとか帰って来た。書類の中身を書き直してたけど今日で終わらなかった。

国民の不満、質問、沢山来てますぅー」


「でも、今までは書く暇すらなかった。

こうして文章は書ける体制が整ったのだし、しばらく頑張ってやりましょうか。もうじき、あの子も来るでしょう」





長い長い廊下を進む。

漠による統治は確実に世界を蝕んでいた。





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