プロテスト

1812


 プロテストの話を聞いて途端に皆になんともいえない空気が流れた。

 空回りする歯車が止めるものも無いまま、勢いよく町に流れ込んでいる気がする。不気味でしかなかった。

 

 だが夢に苦しむ人の一方で、どうにかそれを手にしたい者もいて人気らしい。 プロテストで価値があると判断してもらった夢を持つと周りよりも優越感を得ることができるのだ。

 わずかばかり残っただけの感情をかけてまで、それに価値をつけたいというのは死ぬかもしれなくても戦場に向かうようなものだった。


「ふさわしい夢だと判断されれば、

笑ったり泣いたりを国民として許可されるという噂もある……かぁ。



なんか悲しいな。

もうこの国では笑ったり泣いたりって、試験を受けてみんなに認められないとしちゃいけないんだ……」


 レンズは遠い昔、自分にあったことを思い出す。魔術の研究のために試験を受けることは何度かあった。それでも、命や感情を奪われる試験などなかったのだ。


「悲鳴を握り潰し、安心の感情すら無い者に、安心を求めて愛や恋を語る……だとしても、今は、我慢するしかない」


 パールは冷静に呟いた。

ヌーナはどうして良いのかわからないままだ。


「愛や恋は、きっと、夢の中身に多いのね……だから、それだけ、皆苦しんでる……それだけ、無くした人たちを絶望させている……

 もし私が無くしたら、それを生きて堪えることが、何も知らない人たちの語るそれらを、私は黙って笑顔で聞いてあげることが出来るのかしら」



 


 グガナイヤの間延びした声が響く。


「皆さん、朝ごはんですよ。スープとパンをお持ちしました」



部屋をあけるレンズや新聞を片付けるヌーナの後ろで、ランはぼそっと呟いた。


「難しくないさ。

耳を塞ぎ、心を塞ぎ、牙を向けばいい」





########





リンゴがありました。

美味しそう、です。


「食べて良いわよ」


許可が出ました。

かじります。


「あら、この子、笑ってる、嬉しいのね!」


「嬉しい」



共有で得た、「嬉しい」を、知りました。嬉しいです。

 そのときに、すぐ、電話が鳴ります。

「あの子が笑ったわ。

『嬉しい』をさっそくメモしている。

原始的体験、共有の概念を通じて、

嬉しいが存在することをメモしている」

お父さんが横で囁きます。


「プロテストに電話しろ。

貴重な喜びだ。高値がつく」






プロテストの朝は早い。


「席についてくださーい」


学校のように机が並べられた施設で、

『教師』が、林檎をかかげてみんなに告げた。


「ではこれから、皆さんで、漠が消化しやすいようにこの『嬉しい共有』を『書き換え』ます!」


ーー共有の書き換えって、なんですか?


「夢に、我々が手を加え味付けをする

ことですね!

漠が消化しやすいように書き換えるのです!」



「そうではありません、

書き換えをすることが、何を意味するのですか?」


「えー、まずですね、感情は、他者と個人の間の共有で成り立ちます!

ここまではよろしいですね。

皆が売り買いする夢は共有しやすい夢でもあります」


「ここに、世界の数名の異常者があります!


誰にも混ざらない純粋な夢を持つ彼らには、我々のような共有すらありませんので、


このままでは人間にもなれない不適合者です! 


 彼らは、純度の高い夢を生み出すけれど、それは代わりに漠にすらも我々の手を加えなくては消化しづらいのですね。

これは心が最初から不完全なためなので、夢もそうなのです。


 ただ、共有が無いことによる苦しみに慣れきってもいます。

いくら漠に夢を食べられても、当人は悲しまず栄養価が高い!


まさに、漠の餌になるためだけに生まれた存在です……おや、居たのですか」


教壇のすぐ横の入り口の影にいたそれ、に気付くと教師は生徒たちに一旦待つように言って対処に向かった。



「無いのです。私の、『嬉しい』を知りませんか」


「ほら、  新しい食べ物よ」


「私の、『嬉しい』を、知りませんか、私の、嬉しいを、知りませんか、

私、嬉しい、知りませんか」


「嬉しいが無いの?

ならばこれを一緒に食べましょう。なくしてもすぐに、『嬉しい』は共有出来るようになるからねー。

共有出来ればあなたのなかに定着するでしょう」


「それはリンゴを食べたときの嬉しいとは違うと、感じます」


「あのね、怖がらなくても

 感情や夢は、科学が解明しつつあるわ。

 あなたは同じ人が目の前にいて、同じ場所で、同じような経験をすればいいの。

 感じたことはまた、自他共有のために記録をつけて理解しなさいね?」



「定着、するところ、でした、定着するところでした、あと少しだったのに理解するところだったのに!」


「嬉しくないの? また、同じことをして取り戻せるのよ、次はうまく行くかもよ。

私も応援している、あなたが好きなのよ、これ、ヒミツね」


囁くと、『実験体』は、突如耳を塞ぎ叫びだした。

生徒たちは目を丸くする。


「いやああああ! あああああ!

ああああああ! 怖い!

怖い! 怖い! 怖いよー!

怖いよー!  共有してください!

人に好かれた、

共有してください!」


 教師、は一体事がどうしてそうなったのか理解に苦しんだが生徒たちに続けて告げた。



「えー、実験体が暴走したので、今日はここまで! 


落ち着いたら書き換えまーす」


202007131743





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