スフィン

けど、スクトゥムが来るからといって、民にどうしようもなく、皆絶望的な顔をしたり、あるいは小躍りしたり、

あるいは酒をあおるだけ。


 「漠なんかが彷徨いているのは、もしかするとネーレのことだったかもしれない」人々は口々に言っては不安がった。また、フォルグナも偶然起きたと考える人々も居たので、彼らは、馬鹿にしきったように怯える人々を笑った。

けれど、だとしても、漠の噂はたえないので、結局は何かの異変があることについては誰にも否定が出来ないのだった。


「アウロクニエン、ツテマキサトワリ」

 ラクダを休ませていた信心深い配達員は、手を合わせて必死に拝んだ。


「まだ、日にちはあるでしょう、たっぷり練り込んだツキサクサでも食べて、早く寝なさい」


玄関先で荷物を受けとる奥さんが涙ぐむ配達員を慰める。


「フォルグナのときだって、こうして生きているじゃないか?」


配達員はゆっくり何度も頷いて、またラクダを引いて歩いていった。


奥さんは背中を見守った後、「どうなるのかねぇ」と、小さく呟いた。


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0503 2051




 宮殿の、スーナの部屋ではグガナイヤがたずねてきて、みんなにカップにいれた茶を配った。


「まさか、本当に帰って来るとは。

遠い地より、どのように来たのですか?」

スーナはベッドに腰かけて茶を飲みながら、国境までは竜に乗って来たと答えた。

「なに、竜ですと?」


「そうだよ」


グガナイヤはわなわなと唇を震わせた。

「なんてこと……スフィンの子が、竜に乗って帰って来るなどと……これでは、フォルグナのときのようです」


「スフィンって何だ?」

ランが肉から口を離して聞いた。

パールが魔物だな、と答える。

ヌーナは食事の前にと手袋を変えて、古いのを袋にしまっていた。

レンズは愉快な口ぶりで答える。

「そうそう、知恵比べが大好きな魔物だよ」


「スフィンは、ずっと昔の……当主様よりも、さらに昔の、王の誕生、つまり血筋においての深い関わりがあります」

グガナイヤが流暢に答えた。


「知恵比べをして、生き延びた種族から、我々の一族は分岐をしているのですな」

「なるほど……やけに高い魔力や、体力はそれに由来しているのだな」


パールは服を脱ぎたい衝動と戦いながらも、目を輝かせた。


種の選択、か。

とランは何かを懐かしむように言う。

代々そうしてきたものからは、本質的には逃れられない。どんなに逃げても、その身体は呪いのように、鎖をかける。


「それゆえ、スーナのように……」


レンズは言葉を詰まらせる。

それからすぐに明るく言った。


「ところで、グガナイヤ」


「いかがなさいましたか?」


「レー様が家に帰ってきたことは、フォルグナの大災と、関係があるの?」


「第1スフィンが、先日……言葉を、交わされました」


レンズは目を丸くした。

 王墓所を守っている、5までのスフィンのうち、3までが特に巨大な力を持っている。

 普段のスフィンは変わった存在で、滅多に動かず、喋らず、岩のようにときを過ごす。何かが起きそうなときだけ、思い出したように声を出して喋るのだった。同時にスフィンが話すときは、大抵が、王一族への知恵比べか、予言なのだ。

 10年前のフォルグナのことも、王に話したといわれている。


「何を語ったの?」


「それが……修行者の申すところの、


 『竜の子が鳴き、飛び立つ頃

根は歩き、大地の火が鳴く、いかずちが轟き、溢る汚濁の事』

彼らはそれについて、スクトゥナだと」


「川の異変、それにこの身体の毒……」

ヌーナがぽつりと呟く。

几帳面なのか、旅で疲れているのに床に行儀よく座っていた。


「我々が思っていた通りだろう」


パールも頷く。


「大地に、何かが起きている……?」




 ちなみに、フォルグナを鎮めたのが、ネーレ族だった。

ランはどこか、切ない思いで

手にした植木を見つめていた。


(やはり、神殿の声は……)


 木は幸いにも、水を与えるとすぐに元気を取り戻していた。ヌーナの毒のほうも、今は収まっている様子だ。


「ん? 変わった植物ですね」


ランをふと見たグガナイヤは、驚きながら言う。


「お前らの言う、フォルグナのときに、一緒にいた友人だ」


ランはぶっきらぼうに答えた。


「さようでございますか」


 あのとき、神殿が崩れ現在の状態になったのは単なる人々だけの理由ではなかった。

『友人』たちへと人々から捧げられるべき『食料』が途絶え、力を維持しきれなくなった彼らが眠りについた後。


 それから少しした春の日。



フォルグナが大地を飲み込んだ。

支えのなくなった森は、大きな牙を向き自らを脅かした人々におそいかかった。

これは伐採の代償だ、と人々は恐れた。後から聞くところの、砂の国にまでその影響があったのだという。


「すごい花嵐が起きまして……背後にそれを歌う魔物も居たようなのですが」


 花嵐は実際の花ではなく、花のような形を持った特殊な嵐だった。


「そのときは、国の家屋やらなんやらが一気に吹き飛びましたよ。

で、そういえば皆さんは何の用事で?」


「漠を探しているの!」


レンズが、そうだったと思いだして答える。


「悪夢を食べてくれるらしいじゃない」


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