第11話 ページ28 結婚ー2
「ただいま……」
「お帰り」
昌人の家から私の家まで車だと、約三分で着く。両親は私の顔を覗くと、何も言わなかった。普通の家ではまだ独り身の娘が夜に帰宅すると、何かと文句を言うが、うちの両親は私がまだ将太の影を引きずっている事を知っているので、何も言わないのだ。私が、ヤケを起こさない様にソッと温かく見守ってくれているのが伝わってくる。ありがとう、お父さんお母さん。
今日は一度に色々な事が一度に起こって、私は混乱からくる疲れに達していた。
お風呂に入り、すぐ休む事にした。
ベッドに横たわり今日の日を振り返ってみる。ついさっきまで昌人と一緒だったので、鮮明にまだ脳裏に焼き付いている。
【今年は雨の降らない恒例の将太のお墓参り。初恋の昌人との再会】
今年はどうして将太の命日に雨が降らなかったのだろう? 今までずっと、将太の命日は雨が降り続けていたのに何でだろう?……。もしかして、今日もしも雨が降っていたら、昌人とはすれ違っていたかも知れない。雨が降らなかったからこそ、帽子をかぶり、そして風に帽子を飛ばされたからこそ昌人との再会が出来たのだ。ひょっとして……いや、今日の日は、偶然? 必然? どっちなのだろうか。
いや、そんな事は無い……解らない……今の私には、決して、解らない……昌人と一緒にいる時は楽になれたけど、これからの私は一体どうして生きていけばいいのだろうか。このまま昌人の優しさに甘えて生きて行けばいいのだろうか。お願い……誰か、私に教えて……この先、どうすればいいの?……私は、私は、ううっ……。
ベッドに横たわって考えている内に、私は泣きながら眠ってしまった。
翌朝、目が覚めた。昨夜、考えながら寝た為か、目覚めが悪く感じる。
どうしよう? 昌人に電話を入れるべきなのだろうか? 再び迷っていると電話のベルが一階の廊下から響いた。慌てて、下に降りる。受話器を取ると相手は昌人だった。
「もしもし、りん? 俺、昌人。実は、急に仕事で帰らなきゃいけなくなったんだ……」
「――エエッ。だって、明日まで休みじゃなかったの?」
「うん、そうだったんだけど……取引先で何かトラブルが起きたらしいんだ……」
「――そうなんだ……仕方ないね……」
「お前の事が心配だけど、又電話するよ」
「うん、解った………ねぇ、何時の電車で帰るの?」
「うん、今からだと十時の急行に乗るよ」
「じゃぁ、私が送ってあげる」
「――いいのか?」
「うん、これからすぐに行くね」
「ありがとう。待っているよ」
受話器を置くと私は急いで仕度をした。髪を梳き、服を着替え、化粧をする。急ぎ慌てている為か、それとも体調不良の為か化粧の、のりが悪い。それでもやっとの事で用意をして車に乗り込み、昌人の家を目指した。
私と昌人の家は近所だ。車なら三分で行けれる距離だ。しかし、今はその三分がやけに長く感じてしまう。三分の間、私は考えてしまった。
朝、昌人に連絡を入れようかと躊躇していると、昌人から電話が入った。これは、昨日同様に昌人と会うべきなのだろう、と云う目に見えない何かの意思に従っているのだろうか? 言い換えると運命なのだろう。もし、これが運命だとしたら、今昌人に会わないと私はきっと後悔するかも知れない。と、三分の間に思ったのだ。
ようやく昌人の家に着くと、昌人は玄関先で待っていてくれた。
「ごめんね、遅れちゃって」
「いや、こっちこそ悪いな。送ってもらうなんて……まだ時間があるけど、駅に行こうか?」
「――うん……」
昌人は私の車に荷物と一緒に乗り込んだ。私は駅を目指し、昌人を乗せた車を静かに走らせた。
私の住んでいる地域の駅は田舎なので無人駅だ。無人駅には急行は止まらない。だから、市にある大きな駅を目指した。車で三十分ぐらい掛かる。
幸いな事に道も混んでいない。やけにあっさり過ぎる程、市の駅に辿り着く事が出来た。
入場券を買い、駅の中まで昌人に付いて入った。時間はまだ三十分ある。
私達はホームの席に並んで座り、取り留めの無い話ばかりしている。時間が気にならないのは何故か解らないが、こうして昌人と話をしていると不思議と安らいでくる。このままずっと一緒に居る事が出来たなら、私はどんなに楽になれるのだろうか? と勝手に思っていた。
やがて時間が来た。別れの時間だ——。
ホーム内に警報が鳴り、アナウンスと共に、電車がゆっくり入って来る。
昌人は荷物を持ち、ゆっくりと電車に乗り込んだ。座席に着くと窓が開かない為、電車の出入り口に立ち、複雑な表情のまま私を見ている。
「りん、落着いたら又電話するよ。お前も何か有ったら、俺に電話するんだぞ」
「――うん……あれっ……どうしてだろ? 涙が勝手に出て来ちゃった……あはは、変だね……どうしてだろ? ううっ………」
「ばかだなぁ、泣くなよ。永遠の別れじゃないんだから……」
「――そうだね……でも、でも、涙が止まらないの……ううっ……」
私は不覚にも又泣き出してしまったのだ。昌人も言っている、永遠の別れでは無い事は私にも解っているし、私達はまだ付き合っていないのだ。
しかし、しかしなのだ。現に今こうして私は泣いている。まるで寂しい病にかかったみたいに、寂しくて堪らない。蒋太の死によって、私の心はカラッポになってしまった。八年の歳月は昌人との再会によって、カラッポな私の心はようやく癒され様としていたのに……今は、一瞬の別れでも怖くて堪らない……。一瞬が永遠に感じてしまう。涙で昌人の顔がぼやけて見える。一生懸命泣き顔を笑顔に変えようとしても、どうしても顔が引きつってしまう。こんな顔は見せられない。いや、見せたく無い。しかし、流れ出した涙は止まらない。もうすぐ電車は発車すると云うのに……嫌だ、怖い、辛い………。
「――りん……」
昌人は泣いている私の名前を呼ぶと私の手を引っ張った。腕を引っ張られて私はヨロヨロと昌人の方に歩み寄った。意外にも昌人はその瞬間に、私にキスをした。軽く触れただけのキス。昌人との初キスは、しょっぱい涙の味がして不思議と落着いた。
やがて構内にアナウンスが響き渡り電車が発車する時を迎えた。呆然とする私に、昌人は私の両肩を掴み、ゆっくりと後ろへ下がる様に押した。
「じゃあな、りん。又電話するよ」
「うん、私も……」
電車の発車の合図のベルが鳴り響きゆっくりと電車が走り出す。電車に乗っている昌人の顔を見落とさない様に私は小走りに走った。電車の中から昌人は、私に向かって一生懸命に手を振りつづけている。
しかし、所詮電車には勝てない。昌人を乗せた急行はあっさりと彼方へと去ってしまった。私は一人ホームへ残り、電車が見えなくなるまで彼方を見ていた。
数分前の私なら、ここで又泣いた事だろう。しかし、今はなぜか泣けなかった。さっきの昌人とのキスの余韻がまだ唇に残っている。どんな処方箋でも治せない心の傷を、軽く触れただけのキスが治そうとしているのが、自分でも解るのだった。
電車が見えなくなり、私はホームを去る事にした。目の前に昌人が居ないのは少し寂しいが、寂しさの余韻にひったっている時では無いと思った。
駅から出て自分の車に乗り込む。ラジオからはロックのノリのいいエイトビートのリズムが流れ出している。車を運転している体が、ぎこちなくそのリズムに乗って動いているのが、自分でも可笑しいくらいだ。
【今の自分と数分前の自分は、明らかに違う。これから私は生まれ変わるのだ】と車を運転しながらルームミラーの自分へ向かって言った。口に出して言う、言霊。蒋太の思い出を胸に仕舞い込み、重く私にしがみ付いている喪失感を拭い取り、本来の自分をやっと取り戻せる自信が、道端に咲いている名も無い野草の如く芽生えたのだった。八年間という長い歳月の失った時間を取り戻そうと思った。
車の窓を開け、軽くアクセルを拭かすと、心地よい風が私のセミロングの髪をもて遊ぶ。私は気にせず、サングラスを掛け自宅を目指した。
その夜遅く昌人から電話が入った。
それから、どちらかとも無く連絡を取り合い、月に二度くらいのペースで会う様になった。私は昌人のおかげで確実に本来の自分を取り戻せられる様になったのだ。
昌人との交際が二年になった時、私は昌人からプロポーズをされた。当然私の返事は【はい、よろしくお願いします】の一言だった。
そして今、私達は結婚式場にいる。
式場の窓から見た外は、雨がシトシト優しく降っていた。
又、私にとって雨の日の良い思い出が一つ増えたのだ♡♡
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