第13話 ページ45 娘のお迎え

「雨が降り出しちゃった。大変、うぁ、洗濯物を入れなくっちゃ……」


 私「宮沢可鈴みやざわかりん」四十五歳。突然降出した雨音に目覚めて、大慌てで庭に飛び出し洗濯物を取り込み始めた。やってしまった。昼寝をしすぎてしまった。


 今の時季は夏。日本ならどこに居ても暑い。うだるような熱気で体中の水分が奪われ、何もしていなくても体力を使ってしまう。いわゆる夏バテだ。


 そんな私には夏バテ対策がある。それは昼寝。専業主婦の私は、夏の時期になると時々重度な夏バテをしてしまう事がある。食欲もなく体中がダルく、フラフラになると当然家事などは一切出来ない。それに家族にも心配や迷惑を掛けてしまう。


 だから、昼寝をして体力を温存している訳だ。エアコンも冷えすぎないように設定している。


 寝ぼけまなこを擦りながら、サンダルを引っ掛けて庭に飛び出した。空からはザーとか、ゴーという滝の様な音を出しながら、水が無数のごとく落ちてくる。まるで行者が行う滝の修行だ。そのような滝の洗礼を疑似体験しながら、ようやく洗濯物を取り込んだ。


「冷たいー。もう、せっかく乾いた物が又濡れちゃった。今日は乾燥機で乾かそうかな?」


 濡れた体をバスタオルで拭きながらふっと思った。あれ? 確か美咲、今日傘持って行ってなかった様な気が?……。


 バスタオルで髪を拭きながら時計を見た。午後五時。いつもなら、そろそろ娘が帰ってくる時刻だ。試しに窓越しに外を見てみた。未だに雨は激しく降り続いている。子供が通う高校の方角を見ても、黒い雨雲が空を覆っている。今日の夕立は中々、止みそうにない。うーん、手ごわい……。迎えにいくべきか? どうしようか?


 雨で濡れた洗濯物を乾燥機に入れ、濡れた髪をドライヤーで乾かしながら迎えに行く決心をした。


「しょうがない。迎えに行くか? 風邪でも引くと可哀想だし……」


 服を着替え、バタバタと車に乗り込んだ。1980年代。当時、携帯電話など未だに普及がしていない時代。個人的に連絡を着ける手段はポケベルぐらいしかなかった。学生にはポケベルはあまり人気がなく、娘も欲しいと言わなかったので、我が家では与えていなかった。


 車に乗り込みエンジンを掛ける。車を出そうとしたが、あまりの土砂降りなのでワイパーを高速にしても前が見えない。降りすぎじゃないの?


「これじゃ~運転できない。少し待ちますか?」


 滝の様に降り注ぐ雨が、車の車体全てに襲い掛かってくる様だ。ザァーという音がゴォーという音に変わると少し心配になってくる。


 五分ぐらい車の中で待っていると、少し雨の勢いが弱くなってきた。


「そろそろ、行きますか?」


 独り言をつぶやきながら、私は娘の帰り道を車でたどる事にした。


 家から高校までは一本道で解りやすい。途中途中に最近建ったばかりのコンビニがあり、よく学生達がたむろっている。

 又、バスが走っているのでバス停もチェックしないと入れ違いになるかも知れない。 一時間に一本の割合だが……。


 娘は毎日自転車で通学している。家から高校まで自転車だと四十分は掛かる距離だ。高校の陸上部に所属している娘にとっては、別に苦にはならないらしい。これも体を鍛える為だ。と思ってくれているので親としては少し助かる。


 車を運転しながら左右をチェックする。もしも車に同乗者がいれば、キョロキョロと首を振りながら運転する私の姿はおかしく見える事だろう。脇見運転もここまでくれば、免許皆伝かも知れない。いや、危ないだろ。そのうち事故るかも知れない?


 コンビニの横を通り中の人を見てみたが、どうやら娘はいない。

 次はバス停だ。目指すバス停が見えてくると、何人かの学生がバスを待っていた。


 反対側のバス停を見ると、一番最後の列に並んでいるカップルが見えた。黒のカサを持った男の子と女の子が楽しそうに相合傘で話しをしている。


「居た、美咲だ! 誰だ? あの男の子? もしかして、美咲の彼氏?」


 そんな考えが頭をよぎると、車のブレーキを踏みかけていた足が、アクセルの方を踏んでいた。


 いつまでも子供だと思っていた我が娘。しかしながら、人並みに恋をする年頃になっていたのか。あんなに楽しそうに男の子と話をしている姿をみれば、二人の時間を無理に裂くなんて事は出来ない。雨によって、二人の関係が親密になってくる事ぐらいは私には解っている。娘にも雨の良い思い出もあってはいいだろう。私は娘を信頼しているので、厳しくしていないのだ。


「いいなぁ、美咲。青春してるんだなぁ~。私も、あの頃に戻りたいなぁ~~。

それじゃ、邪魔しない様に遠回りして帰ろうかな」


 私は車をユーターンさせず、そのまま真っ直ぐ車を走らせた。目指すは、新しく出来たスーパーマーケット。今日の特売がまだ残っている事を願いながら、小降りになった雨の中を、車を走らせた。 

  

 急げ——! 今日のセールが終わってしまう———。










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