第7話 ページ17 ファースト・キス

「雨が、降ってる……もうどうしてこんな日に限って降るのよー」


 私の名は「朝倉可鈴あさくらかりん」花も恥らう十七歳、女子高生だ。


 どうして今日の雨に腹を立てていると言うと、今日は初デートなのだ。しかも彼のバイクに乗って、遊園地と海って云うコースなのだ。雨が降れば当然バイクには乗れない。ましてや、遊園地や、海に行っても散々な目に遭ってしまう。


 私は今、待ち合わせの駅にいる。家を出るとき雨は降っておらず快晴そのものだった。「女心と秋の空」と云う様に秋の空は、心変わりしやすいみたいだ。「天気予報」では雨が降るなんて一言も言って無かったが、やはりこの時季は、天候さえも気まぐれになってしまうのだろうか? まあ、天予報はあまり当てにはならないのは、今までの経験で分かってはいるものの、すこし悔しい。


 こんな事になるなんて解っていればジーンズを履かず、スカートにすれば、良かったと思った。又、遊園地で食べる昼食のサンドイッチも、せっかく用意してきたのに……全てが無駄になったと思った。おまけに傘も用意していない。


「あ~あ、残念……」


 約束の時間になっても彼は来ない。恐らく、急に降りだした雨で道が混んでいるのだろうか?


 当時、携帯電話など無く、個人的に連絡をつける手段は無かった。私は暫く彼を待つ事にした。


 三十分位待っただろうか? 誰かが私の肩を叩いた。


「悪い、遅れちゃって……バイクで家から出ようとしてたら急に雨が降り出して来ちゃったもんだから、バスで来たんだ。なかなかバスが来なくって、ホント、待たせてゴメン……」 仕方が無い、バスはよく遅れるのだ。


 必死になって謝る彼がいた。待ち人来たる。途端に私の顔が笑顔になる。ああ~良かった……雨で来ないのかと思っていた。


「ううん、いいよ。でもバイクで来てたら、全身びしょ濡れになる処だったね。でも、今日どうするの? 遊園地と海行けないよ」

「遊園地と海は又今度だな。又天気が良い日にしようか? そうだな~雨の日だから映画でも行くか?」

「映画か~今何やってるのかな~?」

「確か、スター○ォーズやってると思ったけどな」

「いいわよ、それ観たいって思ってたんだ」

「じゃ、決まり。行こう。でも、まだ時間が有るから、そこの喫茶店に入らない?」

「うん、いいよ」


 こうして私達の初デートは、急に降りだした雨によって予定変更された。

 駅に隣接する喫茶店に、二人で入った。季節は秋だから、雨に濡れると肌寒い。幾分雨に濡れた体を温める為に温かい飲み物を頼んだ。

 

 今、私の目の前にいる彼は「宮沢昌人みやざわまさと」では無い。彼はサッカーのセンスを買われて、県外の高校に行ってしまった。私は地元の高校だから、離ればなれになってしまったのだ。初めは、チョコチョコ電話で連絡を取り合っていたが段々と間が空き、自然消滅になってしまったようだ。


 だから今、私の目の前にいる彼は全く別の人だ。「大山将太おおやましょうた」と言って私の隣のクラスにいる。彼は結構イケメンで、他のクラスの女の子からも人気がある。が、しかし、彼の方から私に声を掛けてきたので、それから付き合うようになったのだ。今ではすっかり私のほうが彼に熱が入ってしまっている。


 三十分ほど経って、喫茶店を出る事にした。ゆっくりしていると、映画に間に合わなくなってしまう。そろそろ行かねば……。


 駅から出て映画館に行こうと表に出ると、私は傘を持ってきていない事に我に返った。


「アッ……!」


 と思った時、彼が私に言った。


「りん、早くこの傘に中に入れよ。映画、始まっちゃうだろ」


 一瞬たじろったが、思い切って彼の傘に入っていった。どこかで見た様な黒い傘。どこにでもある黒い傘だ。将太とは手をつないだり、キスさえまだなのだ。だから、彼と一緒の傘にいる事は、嬉しいような恥ずかしいような気持ちでいっぱいになってしまう。雨をしのぐ傘の中は、その持ち主の世界に入った様な気がする。話をするのも距離が近い。時折触れる腕、肩が親密感を増してくる。心臓の鼓動は、ドクドクとヒートアップしてくる。自分の心臓の音を聞かれはしないかと思うぐらいだ。 ヤバいよ、ヤバいよ。


 駅から映画館までは徒歩だと結構な距離がある。普通の町の映画館なら駅前とかに在ると云うのに、この町の映画館は町の外れにある。どうして、そんな場所に建てたのか? よく解らない……まぁ、良いか。取り敢えず、その町の外れの映画館まで相合傘で行くことにした。


 色んな話をしながら歩いて行くと、途中に広い公園がある。その側を通って行くと蒋太が不意に言った。


「りん、チョット傘持ってて。靴の紐が解けちゃった……」

「うん、いいよ」


 私は将太から傘を受け取ると、将太は足下にしゃがみ靴の紐を直した。私は将太を雨から濡らさない様に、後ろから傘を差している。やがて、将太は靴の紐を治すとユックリと立ち上がった。


「傘・ありがとう、りん」 “チュッ♡”


 その時将太は、私にお礼を言いながら私にキスをしてきた。何が一体どうなったのか解らず、私は目を開けたまま蒋太のキスを受け入れてしまった。


 ファースト・キスはもっとロマンチックに想像していたけど実際は不意を突かれた感じがした。想像と現実は違うけれど、キスをした相手は嫌いじゃなく、好きな相手なのでそんな事は問題ではない。私は舞い上がってしまった。その後の、この日の記憶を失ってしまった。何の映画を観て、あれから何の話をしたかを?……。


 彼との距離が降りそそぐ雨によって確実に短くなったのは確かだ。


「雨っていいね。こうして、りんと一つの傘に入れたから……」


 フッと彼の言った一言が、今でも心に残っている。雨っていいよね。私も雨に感謝しているぐらいだ。   やったね♡







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