第6話 ページ15 父と買い物

「雨が降ってるのに、何もこれから行かんでもいいだろ?」


 玄関のドアを開けて外の様子を見ながら父が私に怒鳴る様に言った。


「駄目、明日学校で使うんだから……」

「だったら、午前中に言えよ!」

「だって、忘れてたんだもん……」


 日曜日の午後七時前。私は玄関で父と口げんかをしていた。


 私の名は「朝倉可鈴あさくらかりん」十五歳・中学三年生の思春期真っ盛りだ。

 翌日、学校の裁縫の授業で使うフェルトを、買い忘れていたのだった。思い出したのは、ついさっきなのだから父が怒るのはうなずける。


 それにこの地区は田舎なので、お店も閉まるのが早い。近くの町に車で行っても間に合うかどうか、さえも解らないのだ。


 父を拝み倒して車を出してもらおうとしたのだが、どうしてか今日は父の機嫌が悪い。いつもなら「仕方が無いな」と云った感じで行動する父だが、今日ばかりはなぜか怒鳴っている。‟一体、何があった?”


 私も初めはスマナイと云う気持だったが、段々父に対して逆ギレ状態になってきた。‟娘がこんなに頼んでいるのに、助けてよ~”


 二人共無言のまま傘を持ち、車庫まで走って行った。車に乗り込むと、雨の中荒い運転でお店を目指して車は走り出した。


 一番近いお店に着くと、もはや店の電気は消えて窓は閉まっていた。


「しょうがない……ちょっと遠いがデパートまで行ってみよう。まだ、間に合うかな?……」


 独り言の様に父は呟くと車をUターンしてデパートへ向かった。


 市街地へ入ると、途端に車が混み出した。イライラする気持を押さえながら無言のまま後部座席に座っている。窓の外は未だに雨のままだ。う~ん、空気が重い。


 やっとの事で目指すデパートに着いた。閉店二十分前だ。駐車場に着くと、二人共無言のまま傘を差し、入り口へダッシュした。


 私は手芸コーナーへ、父はスポーツコーナーへと消えて行った。






 数分後、店内の閉店終了のアナウンスが響く中、父が私を迎えにやって来た。


「おい、りん。まだか? ん、どうしたんだ、気に入ったのが無いか?」


 先程とは打って変って何やら、ニコニコ顔だ。こちらは、どれにしようかまだ迷っていると云うのに……‟せかさないでよ”


 私のそぶりに気が付いたのか、父はおもむろに店員へ向かって言った。


「店員さん、この種類全部、小分けにして下さい。りん、何センチ各がいいんだ?」

「エエッ、いいの?お父さん」


 父の顔をみながら聞いてみた。


「ああ、いいよ。どうせ悩んでいるんだろ? まぁそんなに高くないからな」

「ありがとう、お父さん」


 どうだろう? 先程とは全然態度が違う。ついさっきまでは、親子間に険悪なムードが漂っていたというのに。どうした? 何だ、何かあったのか?


 でもすぐに父の機嫌の良い理由が解った。片手にゴルフクラブを一本握っている。


「お父さん、そのクラブ買ったの?」

「ああ、ずっと前から欲しかったんだが、さっきスポーツショップへ行ったら、傷が付いていて処分品の所へ置いてあったんだ。これ定価で買うとメチャクチャ高いんだが、格安だったんで思わず買ったんだ。おい、りん・お母さんには内緒だぞ?」

「うん、いいよ。フェルトいっぱい買ってもらったから言わないよ」

「頼むよ?」

「うん、大丈夫だよ。うふふ……」


 その後、店員がフェルトの生地を包んで来た。父はお金を払い、私は自分の荷物を持った。


「さあ、お母さんが心配してるけん、帰ろうか?」

「うん」


 私達親子はそれぞれニコニコ顔で、デパートの出入り口の所まで来た。


「まだ雨が降ってるなぁ。オッ傘、傘を忘れる所だった」


 父はそう言ってデパートの出入り口の傘置き場で自分の傘を探した。私の傘は赤色。父の傘は黒色。今、傘置き場には二本の傘しかない。父は私に赤い傘を渡し、黒い傘を自分で持った。


「んっ、この傘何か違う様だが?」

「どうしたの、お父さん?」

「この傘、俺の傘じゃないような気がするんじゃけど?……」

「でもお父さん、此処には傘は二本しかないわよ。もし、誰かが間違えて持って行ってても、それしかないけん、それをお父さんが使えば良いんじゃない?」

「まぁ、そりゃそうだけど……」


 父はどうやら気に要らないみたいだが、雨で買ったばかりのゴルフクラブが濡れるのは嫌なので、その傘を使う事にした。


「まぁいいか?……帰ろう」


 父は傘の開くボタンを押した。『シュッポ』と云う音と共に傘が開く。傘を差して数歩、歩き出すと突然父が笑い出した。


「アリャリャ、この傘破れてるじゃないか? アハハハッ、こりゃ駄目だ」


 父の言葉に振り向くと、父の持っている傘が骨の部分から三ヶ所も破れていた。どうやら、この傘の持ち主は傘を間違えたのでは無く、私にはわざと、この傘を替えたような気がした。しかし父は、恨む事無くそれを笑い飛ばして楽しんでいる様に見える。何と寛大な事か? そんな父を持つ事が急に誇りに思えて来た。


「アハハッ、ホントだ。見事に破れちゃってるね? お父さん。濡れちゃうからこっちの傘へ入りなょ?」

「ほんまじゃ。じゃぁ、お言葉に甘えるかな?」


 私達親子は、相合傘で車の所まで来た。母と話す事はあっても、父とは最近あまり話さなくなってきた。誰でもみんな同じだ。男も女も関係ない。特に男親は、ウザく感じてしまうのだ。思春期とはそう言うものだ。今回も、私の思春期と云えばそれで終わりなのかも知れないが、今晩の事でわだかまりがホンの少しだけ溶けた気がする。


 車で帰っている時、車のラジオからは「雨に歌えば♪」と云うミュージカル映画音楽が流れてきた。父は懐かしそうにラジオに合わせて一人口ずさんでいる。恐らく若い時、何かいい思い出が在ったのかも知れない。


 私は車に揺られながら窓の外を見てみると、まだ雨は降り続いていた。後部座席から見る車のフロントガラスには、雨のしずくが伝っている。その雨を払おうと、ワイパーがまるで、車の中に流れている音楽に合わせてダンスを踊っている様に見える。


 私も父に気づかれない様に、そっと「雨に歌えば♪」を口ずさんだ。私にとって、この歌はきっと今日のいい思い出となる事だろう。


「雨の日もなかなか捨てたもんじゃないな?」なんて思ったのは、恐らく私だけだろう。未だに父は歌を歌いながら、自分に酔っているみたいだ。


【お父さん……ありがとうネ】






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