第5話 ページ14 初恋ー2

「雨が中々止まんなぁ……」

『ガチャ・ガラガラ……』

「ただいま——」


 私は雨でびしょ濡れのまま玄関を開けた。昌人に自転車で送ってもらった時、雨が降り出したから体中びしょ濡れだ。体は雨で濡れてはいるが、不思議と不快感は無かった。いや、不快感と言うよりは爽快感に近い思いだった。別れは少し惜しかったようだが、心がすこしモヤモヤする。何だ? やっぱり、私はおかしいのか?


 私の声に反応して、家の奥から母が出てきた。


「りん、どうしたん? こんなに濡れて、びしょ濡れじゃあないの。所で足は大丈夫なん?」

「もうー足が痛いけん、家に電話してお父さんに迎えに来てもらおうって思っていたのに。いざ電話したら誰も出んけん、宮沢君に送ってもらったのよ。お母さん、早くタオル持って来てよ~」

「はいはい、すぐ持ってくるわ。それとりん、お風呂沸いてるから入ったら?」

「解った。じゃあ、先にお風呂入るね」


 父と母は私がリレーで転倒したのを見て、私を元気付けようと、晩ご飯のオカズは私の大好物の物を買いに行っていたらしい。その為、家に電話しても誰も出なかったのだ。さらに、早くお風呂に入って、今日の疲れを取ってもらおうと思い、お風呂を早く沸かしたらしい。


 結果的に雨が降って、冷たくなった体を温めるには十分ないたわりとなった。しかしながら、外は雨が降っている事に両親は知らなかったらしい。全くのんきな両親だ。


 お風呂に入り十分に体を温めた。パジャマを着てTVのある居間でジュースを飲んでいると、両親がやって来た。


「りん、今日は転けちゃったけど、気にすんなよ……」

「私なら全然気にしてないよ」


 父は私を気遣っているようだ。しかし、私の態度に内心ホッとしている様にみえる。


「そうそう、りんが転けた時に助けに来たあの子は、何て言う子だ? 男の俺からみても、格好良かったなぁ~」

「えっ? あぁ、宮沢昌人君よ……」

「宮沢君? 元気になって良かったわねぇ」


 台所から晩ご飯のオカズを片手に急に母が話に入ってきた。


「エエッー! アイツ何処か悪かったっけ?」


 私は母の一言に呆気に取られた。


「何言ってるの、りん。アンタと宮沢君は幼稚園からの幼なじみじゃない。知らんかったの? 宮沢君は小学校に入ると、小児喘息で長い間入院しとったがん」

「ええーウッソ~! そうだったっけ?」

「それでね、退院してからも運動を禁止されていて、辛い思いをしていたんだって。でもね、『みんなと運動がしたい』って思いが強くて、最初は走れんけん、長い距離を歩き始めたんだって。それも毎日毎日、チョッとずつ。慣れたら、距離を少しずつ伸ばしながら。しかもよ、雨の日も休まなかったんだって。大したものよねぇ~それを続けていたからついには、この町内を休まず、歩き続ける事が出来る様になったんだって。凄いよねー……。それで、少し体力が付いたから走れる様になったみたいなの。でも、いきなりは無理でしょ? だから最初は、走って、疲れたら歩き、その繰り返しを毎日続けたそうよ」

「それで、お母さん?」

「その努力が実って、小学校の五年生ぐらいだったかなぁ? 体育が出来る様になったって聞いたけど……」

「ふーん、アイツ何も言わなかったけど、大変じゃったんだ。それにかなりの努力家だね」

「そうよ、りんも見習ったら? 今でも彼は朝早く走ってるわよ。それと、雨が降らない時は、時々中学校まで走って行ってるんじゃないかな? りんと同じ中学のリュックサックを背負って朝早く走っている子が、彼じゃない?」

「ええーそうなんだ?」


 私は母の言葉に驚いた。確かに言われてみれば病気だったかも知れない。小学校の時、時々見かけない日々も多く有ったはずなのに、私は彼の事には無頓着で有ったのだ。しかしながら、アイツは学校で憎まれ口をするのは、照れ屋の反動なのかも知れない。頑張り屋の照れ臭さの反動なのかも知れない。


 明日も朝から走るのだろうか? 私は窓の外を見てみた。まだ雨はザアーザアーと雨音を立てて降り続き、止む様子もないみたいだ。昔、病気を患い治ったとは云え、自転車の二人乗りであの坂を上った昌人はかなり苦しかったに違いないだろう。雨の中、自転車で帰る時に降る雨は、きっと昌人が私の盾になって一身に雨を受けていた事だろう。


 私は自分の部屋に戻ると、昨日逆さまに吊したテルテル坊主を、元に戻した。そして、テルテル坊主に両手を合わせ、お願いした。


「明日は雨が降りません様に……♡」







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