第4話 ページ14 初恋ー1

「雨が、降らんかなぁ……」


 私は「朝倉可鈴あさくらかりん」14才。多感な女子中学二年生だ。


 私は夜、窓の外を見てみた。TVの天気予報では明日は曇りとなっているみたいだ。雨降りのおまじないと称して、てるてる坊主を作り、逆さに吊してみた。


 どうして明日雨が降ってほしいかと言うと、明日は運動会があるのだ。 運動は嫌いじゃない。球技はむしろ得意だ。しかし、陸上系はキライだ。何が嬉しくて、走ったり、飛んだり、しないといけないのか、未だに解らない。いや、解りたくない。運動の基礎練習と言うのは、地味だからキライなのだ。だから、全くの運動オンチではないのだ。


 部活は姉の影響もあって、体育会系でなく楽器に興味があったのでブラスバンド部に所属している。


 しかも明日の運動会では、リレーの選手になっている。いや、なっていると言うよりも、無理矢理? 仕方無しにと言う方があっているかも……。


 男女混合リレーの選抜には、私以外にも他数名いた。しかし、みんなやりたがらない。仕方がないのでクジで決める事となったが、運悪く私がその貧乏クジを引いてしまったのだ。いや、私だけではない、他にも数名いる。


 正確に言えば、男子六人、女子五人で、200mのトラックを各、一周走るのだ。


 足に自信が無いわけではない。むしろ逃げ足には自信がある。


 しかし、リレーの最中に転んだり、抜かれたりする所を、見られたくないのだ。特に、この「宮沢昌人みやざわまさと」には。


 この「宮沢昌人」は幼稚園からの、幼なじみで小さい頃からヤンチャでちょっかい、ばかり出してくる。見ていると“もう中学生なんだから少しは落ち着けよ” と毎度言いたくなる。


 そんなアイツが私にプレッシャーを掛けに来た。


「おい、りん。明日、転けて恥をかかない様にしろよな。お前の所為でリレーで負けちゃったら、俺、母ちゃんに新しいスパイク買ってもらえんけん。明日、絶対転けるなよ」

「ふん、何さ。アンタこそ転けちゃえばいいのよ……」


 アイツは笑いながら向こうへ歩いて行った。


 何でアイツが同じクラスなのよ。同じクラスなんだから、「頑張ろうな」ぐらい言えばいいのに、ホントにもうブチすかんのんじゃけど。アイツなんかリレーの時に、転けちゃえばいいのよ。と真剣に思っていた。


 学校から帰宅して夜の天気予報を見た。「明日は曇りでしょう」と言うアナウンサーの声で両肩の力が抜けていく。雨降りのオマジナイと称して、テルテル坊主を逆さに吊るして床に着いた。


「明日、雨が降りますようにー」







 翌朝目覚めて、カーテンを思いっ切りよく開けた。


「残念……。快晴だ……」


 昨夜の天気予報では「曇り」って言っていたのに、雲一つない青空が窓の外に果てしなく広がっている。 チクショ———!


「ふうー……」


 私は観念して、着替え、朝食を取った。朝食を取っている時、父が起きてきた。


「りん、後で見にいくからな」

「あ、うん……」


 憂鬱な気持ちを悟られまいと思い、明るく振る舞おうと思ったが、出来ない。その時、母が私の弁当を持って来てくれた。


「ハイ、お弁当と水筒。転けてもええけん、がんばるのよ」

「うん……じゃぁ、行って来まーす」

「行ってらっしゃい」


 母には私の気持ちをそれとなく言っていたので、私の気持ちが解るみたいだ。弁当に水筒、それとタオルをスポーツバッグに入れて外に出た。


 家から中学までは自転車通だ。自転車に乗って約30分掛かる。家と中学の約真ん中に大きな坂がある。どちら側からでも、最初はキツい上りだが、坂を越えれば楽な下りが待っている。結構スピードも出るこの坂は個人的には大好きだ。


 中学校に着くと一旦教室へ入る。先生の指示で、グランドへ集まり、運動会が始まった。特に午前中の競技には出番が無いので、仲間達とテントや教室に戻り、お喋りばかりしていた。運動会の進行役というか、手伝いの係は回って来なかったので、暇なのだ。自ら率先して手伝うなんて恐れ多い。しかし暇だ、あ~つまんないや~。




 やがて時間が刻々と流れた。


「次の種目。学年別・男女混合リレーの……」と言うアナウンスが流れた。ついに学年別男女混合リレーが始まってしまう。


 私は一緒に走る仲間と入場門の所へ渋々歩いて行った。もうほとんど集まっている。


「やだねーこの待ち時間」

「ホント、緊張して来ちゃったよ」

「もう一回トイレ行きたかったな」

「ホントホント、でも時間無いしー」

「あ~あ、早く終わんないかなー」


 そんな話をしている内に先生が来て走る順番を決め始めた。


「男子の間に女子は入ってー! ほらーそこ、さっさと動く」


 事もあろうか、私は最後から二番手を走る事となってしまった。しかも、私がバトンを渡す相手は、あの昌人なのだ。何であんなヤツに……練習と違うじゃん。と思っていると、後ろで昌人が私に話掛けてきた。


「いいか、りん・転けんじゃねえぞ」

「フンだ、アンタこそ転けちゃいなさい……」

「おおっ、今日のりんは気合い入ってんな。怖さに磨きが——」

「もう、ウルサーい……」


 ホントに人に喧嘩ばっかり売ってくるイヤなヤツ。人を不愉快にさせる天才と言ってもいいくらいだ。

 

 やがて不機嫌な思いのまま、私達二年生の走る番となった。


「位置に着いて、よ~い」 

【ドン——‼】


 スタート係の持つピストルの音が響いた。


 第一走者は男子だ。クラス対抗と言っても四クラスしかない。しかも1クラス男女合わせて三十四人居る。男女混合リレーは男子六人、女子五人で走る。


 そうこうして見ていると混戦模様で、四者団子状態だ。アッと云う間に第八走者になっている。


「いけー由美――! ほらーがんばれ———!」


 私は同じクラスの由美に大声で声援を送っていた。団子状態のまま由美は次の男子にバトンを渡した。第九走者の男子で我がクラスは頭一つ抜け出した。


 よう~し、ブチやってやろうじゃないの! そう思い私はトラックに立ち準備していた。


 元々運動は嫌いではない。陸上はキライだが、球技はむしろ得意だ。だから、もしかして、私は体育会系かも知れない。顔と両太股を両手で軽く叩き、自分に気合いを入れた。


 同じクラスの男子が第四コーナーを回って来た。私はゾーンの中から徐々に助走した。後ろに伸ばした右手にバトンが手渡される。“バシッ” うっ、来ちゃたよ!


「りん、頼む……」

「OK! まかせとけ~! ウオッ~リアッ~~!」


 私はバトンを掴むと勢いよく走り出した。第二コーナーまでダントツだ。しかし、その後ストレートになると並ばれてしまった。気合は体育会系だけど体は所詮、文科系なのか追い着かれてしまった。四者団子状態のまま第三コーナーを回る。と、同時に私の隣を走っていた子が、競り合いの為か、足がもつれて転倒した。その子だけ転倒したならいいけれど、左右の走者までも巻き込んでしまった。転倒者を飛び越えようとしてけど、私の足が転倒者の肩に当たり、私はバランスを崩して、転倒してしまった。なんてこった、やっちまったよ~。


「キャ———!」


 あれだけ気を付けていたのに、転けてしまった事がパニックとなり、バトンが何処へ行ったか解らない。上半身だけ起きあがり、辺りを見回すと遙か後ろへ転がっている。周りを見ると、一緒に転倒した子は起きあがりバトンを拾って走ろうとしていた。


 チキショー、なんで自分だけ早く立ち直るのよー。ブチ腹が立つんじゃけど!


 私も起きあがり、バトンの所へ拾いに行こうとした時、右足の膝に激痛が走った。


「——うっ! イタタッ……。イタイ……」


 私はそのまま、倒れてしまった。これじゃあ走れない。と思った時、私に誰かが話しかけて来た。


「りん、大丈夫か?」


 ゆっくり声の主を見ると、昌人がバトンを拾って私の側にいた。


 なんで、アンタがいるのよ? と疑問詞が頭に浮かんでくるが、自分自身の事で精一杯だった。

 痛いのよ。足が、足が…痛いのよ……。


「大丈夫じゃない……」


 なぜか私は昌人にそう言ってしまった。


「りん、立てれるか?」

「——うん…ゆっくりなら……」


 右手を昌人の肩に掛け、私は立ち上がった。


「ほら、バトン。あそこまでお前が持ってろ」


 そう言って昌人は、私の左手にバトンを持たせてくれた。


「りん、無理しなくてもええけんな。ゆっくりゴールまで行こう」

「うん……。あっ、痛い……」


 昌人の肩を借りながら、まるで二人三脚のように歩いて、ゴールを目指した。ふと回りを見ると、最終アンカーは第三コーナーを回っていた。


 私は転けた事と、異性に助けられた事で恥ずかしさのあまり、回りの状況が見えていなかった。うつむいたまま、歩いていた。“恥ずかしい。早く終わりたい……”


 やっとの事で私と昌人はゴールに辿りついた。ゴールに着くと、他のアンカーも同時にゴールした。


 そして、昌人は私に言った。


「りん、バトンをくれ……」

「ええーっ、何言ってんの。だって、もう……」

「ええんじゃ、ビリでも俺は走ってくるけん」


 昌人はそう言うと、私からバトンを受け取り、もう誰も走って居ないトラックを全速力で走り出した。その様子を見ていた観客や生徒全員が、一人トラックを走る昌人に、惜しみない拍手で讃えた。


 なんかアイツ、良い処有るじゃん。それに、何か、カッコいい……。


 私はうかつにも、昌人が一人走る姿を見てそう思ってしまった。


 やがて昌人はウイニング・ランならず、オンリー・ランを決めた。昌人がゴールのテープを切る頃には皆が昌人に注目していた。誰の目にも昌人は、優しさの一等賞だ。皆の拍手喝采でゴールした。


 やがて二年団の男女混合リレーが終わり、三年団のリレー中に、私は救護班によって手当を受けた。保健の先生の診断によると、骨折とネンザの心配もなく、打ち身とすり傷だけとの事だった。大型のバンソウコウを貼ってもらい、軽く包帯を膝に巻いてもらった。

 

 処置が終わりグランドへ出ると、同じクラスの仲間達が心配そうな顔をして側に来てくれた。 


「りん、大丈夫?」

「膝、割れてない?」

「よく頑張ったなー」


 と、一斉に声が飛んで来た。


「うん、心配掛けちゃったね。大丈夫じゃよ、ほら、アッ、イテテ……」


 無理するとヤッパリ痛い。顔が引きつってしまう。


「次、フォークダンスじゃけど、りん、どうする? 痛かったら此処で休んでいれば?」

「大丈夫じゃよ、ほら走らなければいいから……」

「そう、じゃあ、無理せんでよ」

「うん……」


 ホントはフォークダンスなど出たくは無かったが、この学校の男女比は均等なのだ。私が欠員すると男子が一人余ってしまう。別にそこまで気にする必要はない訳だが……。


 仲の良い女友達数人でグランドへ歩いて行った。入場門の処ではもう整列していた。先生の指示で男女一組となっている。私は重い足を引きずり列に並んだ。フッと横を見ると私の隣には昌人がいた。


「よおっ、足は大丈夫か?」

「うん、さっきはありがとうね……」

「お前って、ホントに昔から危なくて見てられねーからな。でも、大丈夫そうで良かったな……」

「う、うん……」


 リレーで昌人が私を助けてくれて、又一人で走る姿を見てからは、なぜかまともに昌人の顔を見る事は出来なかった。


 無言のまま曲に合わせてフォークダンスが始まり、アッと云う間に終わった。

 

 閉会式が始まり、順位の発表があった。我がクラス白組は四チーム中、三位だった。グランドで閉会式が終わり、教室へ戻る。そこで改めて先生から話が有り、その話が終わってやっと解散となった。


「ふう~やっと終わった——」

「やっと家へ帰れる~」


 おのおのが、ため息とも取れる言葉を呟き席を立ちだした。


「ねぇ、りん。私達、帰りに内緒でパフェ食べに行くんじゃけど、どうする?」

「う~ん、今日はいいや。足が痛いし反対方向じゃけん、又今度ね」

「そうね、足が治ったら又、行こうね。じゃあ、気を付けてね。バイバイ~」

「バイバイ~」


 足が痛いので仕方が無い。一度駐輪場へ行って自転車へ乗ってみたが、膝が痛くてペダルが踏めない。こうなったら、父に迎えに来て貰おう。そう思いながら、一旦、校舎へ引き返した。この時代、携帯電話なんて物は私達には思いもよらない代物だった。まさか、十数年後ポケットに入る電話が小学生でも持って居ることなど想像すら出来ない。

 学校の公衆電話は売店の前に一台しか無い。売店の前に行くと先客が三人いて並んでいた。その後へ並び順番を待つ。約十分ぐらい待つとようやく私の番となった。


「トルルルー……トルルルー……」


 長い呼び出し音を待っても誰も電話に出てくれない。

 仕方が無い、坂まで自転車を我慢して押せば、後は下り坂だ。どうにかなるだろう……。と安易に思い私は公衆電話を後にした。


 痛い足を引きずりながら売店を背にし、校舎の中を潜ってグランドに出ると、人影は、もはやマバラだった。駐輪場へ行き、自分の自転車を出そうとした時、誰かが声を掛けて来た。


「りん、お前、足が痛いのに自転車に乗れるんか?」


 えっ、誰? 声の方を見ると昌人がいた。


「大丈夫よ……アッ、痛い…って、又か……」


 話しながら自転車を出そうとした為か、負傷した右膝を自転車のフレームにぶつけてしまった。

 また、やってしまった。我ながら情けないよ……。


「ホン~トにドジじゃなぁ~! 俺が乗っけて帰ってやるよ。遠慮すんなよ、ほれ乗れよ」

「ええってばー……」

「駄目じゃろ。その足じゃ、あの坂は越えらんねーよ。いい加減に素直になれよ。ほれ……」


 そう言うと昌人は私からスポーツバッグを取り上げ、昌人の自転車の前カゴに入れた。


「じゃぁお願い。でも人が見えたら降りるわよ」

「解った、解った。じゃあ、どうぞ、どうぞ」 


 そう言って私は昌人の自転車の後ろに乗った。好きというか、好意的な感情を持っていても持っていなくても私達はまだ中学生だ。例え、いくら仲が良くても事情が有ろうが無かろうが、異性間で自転車の二人乗りを誰かに目撃されでもしたら、それこそ何をふれ回られるかも知れない。勝手に付き合っている。なんて言いふらされるのが関の山なのだ。私は辺りを見回しながら人気の無いのを確認すると、昌人の自転車の後ろに乗った。


「行くぞーりん。落ちんようにしっかり持っていろよー」

「うん……」


 こうして私はなぜか昌人の自転車の後ろに乗り、帰る事となった。


 リレーで転倒しなければ、こうして昌人の自転車の後ろになんか座ろうとは思わなかった。普段は憎まれ口ばかり付いて、私の心を苛立たせる。


 でも今日の昌人は優しかった。転けた私にバトンを拾って持って来てくれた。それに肩を貸してくれた。誰が、そんな事をしてくれるだろう? その事を思うと私はなぜか恥ずかしい気持ちで、胸が “キュン” と痛くなった。


 何だ、これは? もしかしてこれって、恋?……いやいや……違うだろ?……落ち着け自分、大丈夫なのか?しっかりしろ……。


 後ろから昌人を見ると、サッカー部で日に焼けた首筋がなぜか眩しくみえる。その後ろ姿を見ると、ドキドキしてしまう。やっぱりこれは、もしかして?……。

 一方、昌人は無言のまま自転車をこいでいた。


「ねぇ、昌人。なんで今日、私が転けた時、側に来てくれたん?」

「なんでって言われても、俺もよく解んねーよ。ただ、お前の事助けないといけん。って思って……。気が付いたらお前の側に居たって事だよ」

「ふーん。でも嬉しかったよ。ありがとネ……」

「よせよ、気色悪い。でもお前は昔から危なく見えるけん、気を付けろよ」

「エエッーそうかな?」

「そうだよ。幼稚園の時もよく転けてたじゃろ」

「それって、凄い昔じゃがん」

「ハハハッ、そうか」

「そうじゃよ、ハハハッ」


 こうして和やかな会話をしていると今までの昌人に対する悪いイメージが吹き飛んでしまった。


 自転車の後ろに乗って回りの景色を見ると、もうすぐ坂の頂上だ。


 昌人も二人乗りの為か、自転車をこぐのに辛そうだ。フウフウ、と荒い息が聞こえてくる。ついには立ち漕ぎをして、足に力を込めている。

 あと少し、もう少し、がんばれ、がんばれ、がんばれ昌人。


「昌人、大丈夫? 私、降りようか?」

「大丈夫じゃって、気にするな。こんな事より部活の練習の方が何倍も辛いんじゃよ……」

「ホントー?」

「ああ、でも俺、サッカー好きだし走るのも好きじゃけん、これぐらい何ともないよ…ふぅ…ふぅ……ぜーぜー……。ヤッターやっと坂の頂上だー……りん、やっぱ、悪いけど、ちょっとだけ休憩させてくれ……ハァ、ハァ………」

「ええょ、ここまで来たから。後は坂を下るだけだし、ゆっくり休んだらええょ」

「悪りぃ…ハァ、ハァ……フゥ~………」


 昌人は少し疲れたのか、坂の頂上で自転車に乗ったまま休んでいる。確かにこの坂を二人乗りで上がるには、かなりキツい。一人でさえもキツいのだ。


 後ろから昌人を見ると、首筋が汗で濡れている。いや汗もそうだが、雨が降り出して首が濡れているのに気が付いた。


「あっ、雨じゃ。雨が降り出した。昨日の天気予報では、曇りだったはずなのに」

「本当じゃ。俺はいいけど、お前が風邪でも引くかもしれんけん、早く帰ろうか」

「うん……」


 本当はまだ暫くこのままで居たい。でも昌人は私の事を思ってくれているので仕方なく同意した。雨の、イジワル……何故か私はチョッと拗ねた。何故だ? どうした自分? 大丈夫か?


 やがて雨がザッーという音と風を連れて強く降りだした。


「いいかーりん。落とされんようにしっかり背中に捕まっているんだぞ」

「うん……」


 私は昌人の背中のジャージを両手で掴んだ。


「「それー……」」


 雨の中、二人を乗せた自転車は坂を滑る様に下って行った。スピードはグングンと加速していく。私はいつしか、そのスピードによって振り落とされない様に昌人の腰に手を回し、しっかりと抱き付いていた。


「りん、雨が気持ちいいな———」

「うん、気持ちいいね———」

「そう言えばりん、来週、サッカーの試合が有るんじゃけど、暇なら見に来てくれないか?———」

「いいわよーその代わり負けたら承知せんけんね———」

「相変わらず、厳しいね———」

「そうかな?———」

「そうだよ———」

「ははは、そんな事無いよ———」

「「ははは……」」


 強く降りだした雨と、坂を早いスピードで下りて行く私達は、いつしか大声で話していた。大声でないと聞き取れないからだ。この大声というのは在る意味良い。大きい声は心の思いと一緒にウミと云うか、アカを吐き出す様な感じがする。だから、大声を発した後はみんなスッキリした表情になるのかも知れない。

 

 二人の間には昨日までのギクシャクした険悪な雰囲気は、微塵にも無かった。仲の良い二人がそこにいた。


 冷たい雨が、今までの悪い思いを綺麗サッパリ洗い流してくれたのだろうか? とにかく雨は心地よく、そんな心の奥深くまで潤った様な気がした。


 強く降っているが、優しく感じる今日の雨は、いつまでも心の思い出となるだろう。後ろを振り返ると、坂が遠く、小さく見える。まるで過去の遺物の様に。


 雨は冷たいけれど、このままで居たい。私の心のわだかまりを綺麗に、溶かすから……。


 フッとどこかで聞いた歌謡曲の詩を思い出した様な気がした。誰の歌だっけ? 違ったっけ? まぁ、誰の歌でも良いや……。どうせ、うろ覚えの歌だ……。


 雨によって私の心は潤ったのだ。本当は、雨によって早く帰らなければ成らなくなったが、晴れていれば私は昌人ともう少しだけ長く、一緒に居られたかも知れない……。


 雨は冷たく肌寒いけど、もう少しこのままで居たかった。でも雨によって私の心は潤い、温まったのは事実だった。




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