夏の花
吉平たまお
百合
庭に水遣りをする彼を、縁側で眺めるのが好きだった。
首に引っ掛けたタオルで汗を拭いながら「暑い暑い」と言う彼を。
飛び石を器用に渡りながら、長く伸ばした青いホースを右に左にと振る彼を。
時折コチラを見てはやわらかく目を細める彼が、私はとても好きだった。
夏であった。
この国の夏は年々厳しさを増していく。
熱されたアスファルトは人間が素足で立ったら火傷しそうであったし、アイスはすぐに溶けてぼたぼたと地に落ちる。
毎年変わらないのは蝉の鳴き声くらいだろうか。
鬱蒼と茂る木陰から家守がちょろりと姿を見せる。
それが素早く駆け込んだ先にあるテッポウユリの蕾は大きくふくらんで、今にも咲きそうであった。
夏に負けぬ強い花である。種も、匂いも。
彼が大切にしていた百合の花。
近寄るとひどく怒られたその花。
私はそれがとても嫌いだった。
彼を私の手が届かないところに連れていってしまったのは、その花のような気がして。
彼の妻が愛した花。
最後に見た彼と同じ、白い花。
小さな壺に入ったソレからは彼の匂いがせず、ただ灰と骨の香りがするばかりであった。
もう彼はこの家に戻って来ない。
私も、もうこの家を守ることは出来ないだろう。
彼がいない一年はとても長かった。
力の入らない前足を動かし、縁側から飛び降りて百合の花の根元で丸まる。
近寄ってはいけないよ、と叱る声ももう無い。
彼のところへ、私も連れていってほしかった。
ふと目が覚めると、百合の花が咲いていた。
美しい純白の、咲き誇る花を間近で見たのは初めてだった。
しばらく息をひそめてジッとそれを眺めていたが、喉の渇きに気付く。
だが、水をくれる彼はいない。
私はゆっくりと瑞々しい花弁を食んだ。
ソレは、私を彼のもとに連れていってくれた。
夏の暑さも届かないところへ。
夏の花 吉平たまお @tamat636
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