歌2

 ポンッ。余韻にかかるように、鳴る音。ジャカランダにもっとも近いつぼみが開く。波紋が広がるように、音を立てて咲いていった。狙いどおりに。


「うきゃ」


 突然、上がる悲鳴。ビクッ。ジャカランダは震える。敵か、と、身構えた。声が聞こえてきた対岸に、視線を向ける。申し訳なさそうに立つ、朽葉(くちば)色__風情ある茶色の服を着た女。実験を司るシキミの元で学ぶ、キャラだ。自分の歌を聞いていたと判る。直しが入らない、素の歌を。恥ずかしいような、誇らしいような。


 池のほとりを、ジャカランダは歩き出す。キャラは身を縮めていた。決意して、歩いて来る。半ばで、向かい合って立つ。


「申し訳ありません。シキミさまが実験により、下界の植物の種に似た、種を作り出したのです」


 まず、キャラは謝る。続いて、興奮した様子で事情を話す。


 天界にも生えてはいる、植物が。ただし、不幸にも人智を超える力により、傷ついた植物を持ち込んで植えた。代わりに、子孫を残すことは絶たれて、種はできない。


「種?」


 種に興味がないが。一応、ジャカランダは訊き返す。シキミは狂科学者として、有名。他の存在たちから恐れられている。自分も苦手とは言えない。目の前にいる彼女は憧れているからだ。


「空から降ってくる手筈になっておりまして、待ち構えていたのです」


「空?」


 淡い黄色の空を指差して、キャラは説明する。ろくな物じゃないと、ジャカランダは睨む。皆の目を避けられる場所を、受け渡しに選んだのだから。見上げたが、シキミの姿も彼を表す明るい黄色__ブロンドの光もない。


「歌に誘われて……。あっ!」


「どうした?」


「受け取った種を落としました。どこで落としたんでしょう」


「一緒に探す。どんな種だった?」


 キャラは泣きべそをかく。見ていられず、ジャカランダは言う。共に、受け取ったという場所に向かう。一筋の獣道。池に向かって下っていると思った。


「えっと、……丸っこい物だったような」


 獣道でかがむ。互いに背を向けて、くるぶし丈の草をかきわける。キャラと共に、ジャカランダは探す。種と思われる物を。答えに絶句した。


「花が音を立てて開くとは、思っていなくて。……池に落ちちゃったのかな」


 キャラがもらした心の内。ジャカランダは気づく。


「あたくしを利用するとは、良い度胸だ。シキミ」


 鈍さを笑われた気がした。ジャカランダの目が座る。シキミは居合わせたのだ。スカビオサの許可取りの場に。彼自身も許可を得るため。下界に似ていると証明するには。下界の大地に植える。花を咲かせて、実を成らせる。種を取るまでが必要だ。種でも池を通れば、下界に行く。


 ジャカランダの脳裏に浮かぶ。歌が聞こえてきた時。池と林を囲うように立つ壁の真上を通りながら、種を落とす。水面に広げる葉の隙間を通り、下界へ向かえば良い。キャラが拾ったとしても。小心者の彼女は、花が咲く時に出る音に驚く。足元に落ちて、坂道を転がって池へ。


「池に落ちた可能性が高いな。事情を話して、謝ろう。あたくしがなだめてやるから」


「は……い」


 立ち上がったジャカランダは声をかける。すでに、キャラはこぼれ落ちそうなほど、目に涙を溜めていた。グイッ、と、袖で拭いて頷く。共に、林に向かう。

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