第2話 歌


 木立の向こう。見えてきた、淡紅色の花の群れ。踏まれてできた道を見つけた。ゴンッ、と、ジャカランダはぶつかる。目をこらす。見る角度を変えた。透明な壁。立ち入りの許可は出たはず。


「音楽を司る女神ジャカランダの名のもとに、通る」


 スウッ、と、壁に吸い込まれるようにして、通り抜けた。ジャカランダは主に感謝する。


 こんもりとしげらせた、中低木。真ん中に根を張り、左右に茎を伸ばして、木々の幹にからまる草。まるで、通せん坊をしているみたいな。壁の前で見えた、獣道。まやかしであったと気づく。


 ジャカランダは薄く笑う。中低位の連中は、騙せても。高位の自分を阻めると、本気で思っているのか。視通していた。一筋の分かれ目を。自分のひと声あれば。事足りる。


「我を通せ」


 人智を超える力を含む、女神のひと声。ざわざわ。大勢が話す声と似た音が立つ。木の葉や枝が揺れた。つる草がほどけて、地面を這う。


「ありがとう」


 女神ジャカランダの感謝の言葉。草木が喜ぶ。下草や積もった落ち葉の上を、浮かんで通った。


「見頃と聞いていたが……」


 ジャカランダの独り言。一巡りするには、手頃な広さ。池を挟んで、正面に立つ者が誰なのか判るくらい。残念ながら、水面に浮かぶ花は、どれもつぼみ。手前は、淡紅色。奥は、白。円い緑の葉が、勢力を誇っていた。


 まぶたを閉じる。フウッ、と、息をつく。自然と一体化をはかる。時折、吹き抜ける風。後ろの木々の葉や、小枝を揺らす。気配も音もない。ジャカランダの心を癒した。


「音が苦痛だ」


 ポツリ、ジャカランダがこぼす。解き放たれた心が言わせた。気づかされる。根を張った苛立ちは、音を絶ったところで払拭されない。


 少しばかり、心が正常に近づく。静けさが効いた。むくむくと、好奇心がわく。目の前は、下界を覗けるという池。ギリギリまで、ジャカランダは近づく。隙間から、覗こうとした。泳いできた楕円形の生き物と目が合う。口をパクパクさせて、餌をねだる。三歩ほど下がった。


 相場は決まっている。天界で、つぼみのままの花は。歌で咲かせるもの。覗けなかった八つ当たりでは、決してない。ジャカランダは歌い出す。


「刻んだ時が知らせる


 おしまいを


 奏でられていた楽器


 次々に、止まる


 おしゃべりをやめ


 互いに、問い合う


 もう、良いか?


 主立った客


 別れの挨拶


 見送りに出た、あるじ


 歌を捧げる


 無事を祈る


 客が返す歌


 再会を約する


 熱がこもった宴の間


 吹き抜ける風


 かき抱いても


 霧散する


 やがて、訪れる静けさ


 淋しさを伴って


 流れに身を任せ


 似て非なる世界


 たどり着く


 記憶を凍らせ


 長い夜を過ごす


 時が満ちれば


 朝を迎えて


 氷を溶かし


 花、開く」


 空に届く、声量。ふっくらした体格が支える。はっきりした発音。透明な壁がなければ、地平線の彼方でも、歌詞を聞き取れた。低音から高音、強弱を駆使して歌い上げる。

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