演奏2
手に取るように、ジャカランダは読んでいた。楽士たちの心理状態を。皆の予想は、見当外れで。心の奥底で渦を描く謎の思いを刺激して、苛立ちを募らせた。開いた口を閉じる。八つ当たりの言葉が、喉まで出かかった。出せば、笑われる。無意識の自分が制止した。
笑われる? 考えた自分を、不思議に思う。一体、誰に、と疑問を持つ。記憶を探ったが、出てこない。が、笑われたくない意識は強かった。訂正するのも、気力がいると思い知る。相手を納得させる説明もいるからだ。
「ミセバヤの誕生を祝う曲だろう? 良いんじゃないか」
省エネの解決策を示す。ジャカランダは角が立たない理由を持ってきた。自分の機嫌がよくなるまで、楽士たちは演奏し続けかねないし。気が晴れた、と、感謝するのも嫌だった。
「……」
ずらされた、と、誰もが感じた。深く詮索しないでくれ、と、頼まれている気もする。出されたミセバヤの名前。ジャカランダに次ぐ、古参の音楽の神。女神がおっしやられたとおり、神界に入られた誕生日が近い。楽士たちは幾つかのグループに分かれているが。当日、競い合って、演奏して祝う。順位が付けられて、最も好みの演奏をしたグループには。音楽の祝福を与えられるのだ。
「貴重なご意見、ありがとうございました」
思い出した楽士たちは、そそくさと立ち上がる。ジャカランダの機嫌を取っている場合じゃない。ただ、感謝は忘れなかった。
一気に、騒がしくなる。楽士たちによる、ミセバヤの誕生日に奏でる曲の相談。舞台を片付ける、指揮を執る者と事に当たる者たちのやり取り。使い回すために、丁寧な作業が求められる。解体作業が始まった。
グッ、と、眉根を寄せる。爆発しそうなほどの怒り。女神の自分が立ち去ってから、始めるべきだ。無意識からの働きかけ。一瞬後には、引く。寄りかかっていた台を外されて、たたらを踏んだ気分になった。ケンカにならずに済んで良かった、と、ジャカランダは思い直した。
「池のほとりに行かれては? 下界の様子が覗けるという」
タイミングをはかったような声掛け。ジャカランダは視線を下げる。右前で膝をつく、スカビオサ。上が推した後継。候補の一人として、学ばせて欲しいとの説明。生じた疑問。言葉にならないまま、消滅。当の本人が、有能。他の神々に倣う。
今朝のやり取りを、ジャカランダは思い出す。手帳を開いて、予定を伝えるスカビオサとの。
「演奏会? 気が乗らないなあ」
「ジャカランダさまのために、開くそうですが」
聞いた感想を、ジャカランダは伝える。断るのは、相手に対して失礼。スカビオサは言う。
「自由気ままが信条だ。誰の指図も受けたくない」
「叱られます。……わたくしが」
気に入らない、と、ジャカランダは答える。スカビオサの渋い顔。重石を付けて管理しようとする、上の魂胆が見え隠れした。
「では、許可を一つ、取ってきて欲しい」
「間近に物好きがいるとは……」
神の行動を制するなら、それなりの対価が欲しいとジャカランダは言う。条件を聞いた、スカビオサはため息まじりに言う。
「昔はもっと、開けていたものだ。自制心がない者たちが増えてしまった」
「良いでしょう。交渉してきます」
なつかしむように、ジャカランダは話す。幾つかある原因の一つを挙げた。スカビオサは驚いて見返す。承諾した。
「池……ねえ」
「水生の花が見頃を迎えておりますし」
「そうだな。後は、頼む」
本当に、許可が取れたのか。ジャカランダはいぶかしく思う。スカビオサは静かに頷く。ありがたく受け取る。場を任せて、離れた。
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