神、動く

奈音こと楠本ナオ(くすもと なお)

第1話 演奏

 音楽を司る女神ジャカランダがこぼす。


「音が苦痛だ」



 一面に生える。くるぶし丈の細長い葉の草。上に、組まれた舞台。柱と床のみの、簡易的な物。木製の床に、ひとまわり小さい敷物が敷かれる。赤い縁取りがされた。白を基調として、真ん中に、色をふんだんに使った模様。自然の循環が表現された。


 舞台の脇に置かれた台。半分程度の高さ。踏み台にして登る。運ばれてきた太鼓。台座が付いて、炎を模した飾りの輪の中に吊るされている。敷物の四つあるうちの一隅の内側に置かれた。続いて、長さのある琴。先行く者が後ろ向きで登る。太鼓の方に進む間に、台が運ばれた。上に載せる。


 皮切りに、次々に登る。楽士と呼ばれる者たち。揃って、緑と茶が混ざった海松色(みるいろ)の狩衣を着て、黒の烏帽子をかぶっているが。男、女、中性がそれぞれ三分の一ずついる。片手に楽器、片手に座布団。敷物が敷かれていても、直接、座るのは痛い。太鼓と向き合って、あぐらをかく。


 揃ったところで、短い曲が演奏される。音程の確認。楽器の調整。演奏者たちが心の準備を整える。本演奏の雰囲気を伝えた。客の方を向く。太鼓の向かい側。舞台と同じ高さの長椅子。真ん中に座る、蒸し栗の中身のような淡い黄色の服を着た。波打つ短い黒髪が掛かる、小麦色の肌。伝えられた通り。美しい顔立ちの表情が暗い。


「お局さまの機嫌が悪いんだ」


「音楽を司る女神さま方の中のどなた?」


「ジャカランダさまだ」


「……」


 口伝えで、広まる。心配する楽士たち。誰もが知る、音楽を司る神が九名もいる。特定するための質問を放つ、一名。伝えに来た者の答えに、静まり返る。ジャカランダは最古参で、他の音楽を司る神々を仕切る立場だ。


 誰もが想像した。女神のお心の調子がすぐれない、と。肉体がある下界と違って、人智を超える力で姿を形作る。できばえは、心次第。ここのところ、行事が続いた。心の疲れのせいで、うまくできないでいるのでは。


「癒すために、演奏しよう」


「おお!」


 ややあって、楽士の一名が提案する。皆が同意した。着々と、準備が整えられた。


 お越しいただけないのでは、と、誰もが危惧したが。ジャカランダの出席。奏でる甲斐があると張り切った。


 主旋律を奏で出す。手首から中指先までの二倍の長さがある横笛。宙を長大な物が舞う音色。近づいたり、遠ざかったり、奥行きのある響き。太鼓、金属製の鼓、皮張りの鼓が加わってリズムを作る。


 横笛の半分の長さの縦笛。微妙な揺らぎを伴った音が加わる。吹き口を包み込むように並ぶ、長さの違う細い筒。上を向く筒口から流れる旋律。後から加わる琴。抱えて奏でる、弦を張った円い胴の弦楽器を伴う。高く、高く、音を届ける。


 薄い黄色の空。どこまでも澄み渡り、高く感じる。届いた音色に応えるように。薄い黄色の光が、楽士たちを照らす。


 気持ちを浮き立たせる曲。羽でも生えていれば、自由に飛び回れそうな。舞台下。緑の草に添える、紫色の花。吹き抜ける風が香りを立たせる。さわやかな、甘い匂い。拍手の代わりになった。


 演奏者たちは、誰もが浮かない顔をしていた。演奏自体は、完璧。天界一、と、褒めそやされる自信もあった。が……。


 正面が暗い。ジャカランダが座る長椅子。曲が進むにつれて、表情が険しくなっていく。相手は、音楽を司る女神。途中でやめるのも、失礼にあたる。言い出した犯人捜しを始めた。


一種類の楽器ごとに、演奏をやめていく。決まりどおりだが。誰もが安堵の色を浮かべた。失敗なしで、終わらせられて。最後、横笛の音が、スーッと、止めた。


 余韻が消えて、静まり返る。誰もが、顔色をうかがう。音楽を司る女神ジャカランダの。

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